剣士と穢れ仕事
歴史上、三本の指に入るであろう男。
それは、あらゆる類の腕っぷしに関する指、ではない。
顔のよさである。
「なぁ土方さん、あんた、まえに屯所の道場でやられたろ?」
永倉の、呆れかつ不審気な問いも当然である。
副長は全員の胡散臭そうな視線のなか、木刀を左掌にぽんぽんと打ちつけながらにやりと笑う。
なんて似合ってるんだ。この超絶怪しげなにやり笑いが・・・。
「任せておけ。おめぇらは、三位一体で仕掛けてくれりゃあいい。そうすりゃ、面白いもんがみれるぞ」
副長は、さらににんまり笑う。
もはや「正々堂々の真剣勝負」からかけはなれ、「小細工を弄する餓鬼の喧嘩」っぽい様相をていしている。
「ようっ!五十両、せしめてみようか?」
ゲロ佐川が、木刀を片掌にちかづいてきた。
そのうしろに、このまえの試合の四剣士がぞろぞろついてきている。
「なぁ佐川先生よう、あんた、あの男のことをしってて、呑気なこといってるのか?」
永倉は、にやにや笑いながらいう。
ゲロ佐川と四剣士は、そろって俊春をみる。
ぱっとみ、正直、強そうにはみえない。
おれたちも、最初はたいしたことはない、と思い込んでいた。
「主君より、噂はきいておる。なれど、かような噂は、たいてい尾ひれがついているものであろう?」
ゲロ佐川は、無精髭の下に不敵な笑みを浮かべる。
「たしかに、俊敏そうにみえなくもないが、それは小柄だからであろう?」
無外流皆伝にして、先日の先鋒戦では局長に瞬殺された山川。鼻を鳴らしつつ批評する。
「山川殿の申される通り。さして、気も感じられぬ」
そう評したのは、無外流皆伝にして麒麟児と名高い、中堅戦で斎藤に瞬殺された田辺。
「わたしも、噂はきき申した。あくまでも、闇討ちや暗殺が、ということです。すなわち、まともな勝負となると・・・」
つぎなるは、無外流だけでなく、北辰一刀流や神道無念流も遣えるマルチ剣士北村である。
おれが、副将戦でかろうじて勝てた相手だ。
「ふんっ」
鼻を鳴らした者がいた。北村の言を馬鹿にするような、そんな鳴らし方である。
てっきり、斎藤かと思った。
なぜなら、斎藤もまた副長の命のもと、おなじように務めを果たしているからである。
だが、違った。
「そのお蔭で、あんたらは表舞台で正々堂々得物をふるえると、考えたことあるか?否、あんたら、そもそも人間を斬ったことあるか?」
永倉である。その隣で原田も冷笑を浮かべ、黒谷の剣士たちをみている。
いや、正確にはゲロ佐川以外の剣士を、だ。
ゲロ佐川以外の剣士たちが人間を斬る機会がなく、斬ったことがないことに気がついている。
「人間を斬るってことがどういうものか、誠の剣士が穢れ仕事をさせられるってことがどういうことか、あんたらにもすぐわかるさ」
原田は、そういってから両肩をすくめる。
俊春だけではない。斎藤のことをいっているのだろう。
おれだけではない。副長、それから当の斎藤もそれに気がついたようだ。
「あぁそうだな。あんたら誠の剣士、新撰組の剣士たちといっしょに、剣をふるって感じてくれりゃぁいい。新撰組の剣がどんなものか、狂い犬と異名のある剣が、どんなもんかをな」
副長はそういうと颯爽と身を翻し、局長や沖田のところへ去ってゆく。
「どうだい、うちの副長の言の葉は?ええ?日の本一すげぇ剣士の言の葉だ。重みがあるだろう?」
永倉は、おし黙っている黒谷の剣士たちにいう。
「日の本一、穢れた剣士だ」
原田が継ぐ。
「ひどすぎると思うけど、あたらずともとおからず、かな?」
藤堂が、気弱な笑みとともに継ぐ。
「たしかに。副長の剣は、わたしのそれよりひどいかもしれぬな」
斎藤まで・・・。
「おいおい斎藤、そういうおぬしが一番きついぞ」
永倉は、木刀を握らぬほうの掌で斎藤の肩をどつく。
叩くというよりかは、まさしくどつくである。
それから、大笑する。
おれも、笑ってしまった。
緊張が、すこしとれた気がする。
「失礼致しました。たしかに、われらは道場だけの剣。井の中の蛙、でござる。が、それはそれで、おのおのが自身の信念と意地があり申す。主君のまえで、これ以上みっともないところをみせるわけにもゆきませぬ」
最年長の高崎である。威厳があるわりには頭髪が残念な、あの高崎である。
先日の試合では、永倉に敗れた。
この日も、河童禿が光っている。
「瞳でみずともよいのです」
俊冬がこっそりアドバイスしてくれる。
「相手の息遣い、精神、空気、こういったものを感じればいいだけのこと。弟は、山のなかで半里(約2Km)さきの小動物の動きをよむことができます。みえぬ分、かえって感じやすくなりますな」
俊冬は、そういってから快活に笑う。
俊春だけでなく、自分もそれができるのだろう。
いや俊冬、それはもう完璧漫画の世界だ。
はたして、疲れさせることができるのか?そんな次元である。
会津候と桑名少将がみ護るなか、俊春対おれたちの勝負がはじまった。
ルールは、いたってシンプル。
だめだ、と思ったら抜ける。これだけである。
原田だけが練習用のタンポ槍で、おれたちは木刀である。もちろん、俊春も。
もっとも、素手でも敵わないのであろうが。
三位一体・・・。おれは斎藤、それと島田と組む。
先陣は、黒谷の剣士たちに譲った。といえば、きこえはいい。ようするに、ぼこられるのを先延ばしにしたいという、せこい考えである。
あるいは、すこしでも俊春を疲れさせてもらおう、と。