表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

317/1255

剣士と穢れ仕事

 歴史上、三本の指に入るであろう男。


 それは、あらゆる類の腕っぷしに関する指、ではない。


 顔のよさである。


「なぁ土方さん、あんた、まえに屯所の道場でやられたろ?」

 永倉の、呆れかつ不審気な問いも当然である。


 副長は全員の胡散臭そうな視線のなか、木刀を左掌にぽんぽんと打ちつけながらにやりと笑う。


 なんて似合ってるんだ。この超絶怪しげなにやり笑いが・・・。


「任せておけ。おめぇらは、三位一体で仕掛けてくれりゃあいい。そうすりゃ、面白いもんがみれるぞ」


 副長は、さらににんまり笑う。


 もはや「正々堂々の真剣勝負」からかけはなれ、「小細工を弄する餓鬼の喧嘩」っぽい様相をていしている。


「ようっ!五十両、せしめてみようか?」

 ゲロ佐川が、木刀を片掌にちかづいてきた。


 そのうしろに、このまえの試合の四剣士がぞろぞろついてきている。


「なぁ佐川先生よう、あんた、あの男のことをしってて、呑気なこといってるのか?」

 永倉は、にやにや笑いながらいう。


 ゲロ佐川と四剣士は、そろって俊春をみる。


 ぱっとみ、正直、強そうにはみえない。

 おれたちも、最初はたいしたことはない、と思い込んでいた。


「主君より、噂はきいておる。なれど、かような噂は、たいてい尾ひれがついているものであろう?」

 ゲロ佐川は、無精髭の下に不敵な笑みを浮かべる。


「たしかに、俊敏そうにみえなくもないが、それは小柄だからであろう?」

 無外流皆伝にして、先日の先鋒戦では局長に瞬殺された山川。鼻を鳴らしつつ批評する。


「山川殿の申される通り。さして、気も感じられぬ」

 そう評したのは、無外流皆伝にして麒麟児と名高い、中堅戦で斎藤に瞬殺された田辺。


「わたしも、噂はきき申した。あくまでも、闇討ちや暗殺が、ということです。すなわち、まともな勝負となると・・・」

 つぎなるは、無外流だけでなく、北辰一刀流や神道無念流も遣えるマルチ剣士北村である。


 おれが、副将戦でかろうじて勝てた相手だ。


「ふんっ」

 鼻を鳴らした者がいた。北村の言を馬鹿にするような、そんな鳴らし方である。


 てっきり、斎藤かと思った。


 なぜなら、斎藤もまた副長の命のもと、おなじように務めを果たしているからである。


 だが、違った。


「そのお蔭で、あんたらは表舞台で正々堂々得物をふるえると、考えたことあるか?否、あんたら、そもそも人間ひとを斬ったことあるか?」

 永倉である。その隣で原田も冷笑を浮かべ、黒谷あいづの剣士たちをみている。

 いや、正確にはゲロ佐川以外の剣士を、だ。

 

 ゲロ佐川以外の剣士たちが人間ひとを斬る機会チャンスがなく、斬ったことがないことに気がついている。


人間ひとを斬るってことがどういうものか、誠の剣士が穢れ仕事をさせられるってことがどういうことか、あんたらにもすぐわかるさ」

 原田は、そういってから両肩をすくめる。


 俊春だけではない。斎藤のことをいっているのだろう。


 おれだけではない。副長、それから当の斎藤もそれに気がついたようだ。


「あぁそうだな。あんたら誠の剣士、新撰組うちの剣士たちといっしょに、剣をふるって感じてくれりゃぁいい。新撰組うちの剣がどんなものか、狂い犬と異名のある剣が、どんなもんかをな」


 副長はそういうと颯爽と身を翻し、局長や沖田のところへ去ってゆく。


「どうだい、うちの副長の言の葉は?ええ?日の本一すげぇ剣士の言の葉だ。重みがあるだろう?」

 永倉は、おし黙っている黒谷あいづの剣士たちにいう。


「日の本一、穢れた剣士だ」

 原田が継ぐ。


「ひどすぎると思うけど、あたらずともとおからず、かな?」

 藤堂が、気弱な笑みとともに継ぐ。


「たしかに。副長の剣は、わたしのそれよりひどいかもしれぬな」

 斎藤まで・・・。


「おいおい斎藤、そういうおぬしが一番きついぞ」

 永倉は、木刀を握らぬほうの掌で斎藤の肩をどつく。


 叩くというよりかは、まさしくどつくである。


 それから、大笑する。

 おれも、笑ってしまった。


 緊張が、すこしとれた気がする。


「失礼致しました。たしかに、われらは道場だけの剣。井の中の蛙、でござる。が、それはそれで、おのおのが自身の信念と意地があり申す。主君のまえで、これ以上みっともないところをみせるわけにもゆきませぬ」

 最年長の高崎である。威厳があるわりには頭髪が残念な、あの高崎である。


 先日の試合では、永倉に敗れた。

 この日も、河童禿が光っている。


 

 「でみずともよいのです」

 俊冬がこっそりアドバイスしてくれる。


「相手の息遣い、精神こころ、空気、こういったものを感じればいいだけのこと。弟は、山のなかで半里(約2Km)さきの小動物の動きをよむことができます。みえぬ分、かえって感じやすくなりますな」

 俊冬は、そういってから快活に笑う。


 俊春だけでなく、自分もそれができるのだろう。


 いや俊冬、それはもう完璧漫画の世界だ。


 はたして、疲れさせることができるのか?そんな次元である。


 会津候と桑名少将がみ護るなか、俊春対おれたちの勝負がはじまった。


 ルールは、いたってシンプル。

 だめだ、と思ったら抜ける。これだけである。


 原田だけが練習用のタンポ槍で、おれたちは木刀である。もちろん、俊春も。


 もっとも、素手でも敵わないのであろうが。


 三位一体・・・。おれは斎藤、それと島田と組む。



 先陣は、黒谷あいづの剣士たちに譲った。といえば、きこえはいい。ようするに、ぼこられるのを先延ばしにしたいという、せこい考えである。


 あるいは、すこしでも俊春を疲れさせてもらおう、と。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ