ペンギンが「エラーイ」とほめてくれる
おれが沖田の部屋へゆくと、布団すら敷いてないことに気がついた。
すでに竹の皮の包みをひらけ、スタンバッている。
藤堂の報せを受けたお孝さんが、お茶をもってきてくれた。
「うわー、これこれ、このにおい・・・」
沖田は、竹の皮の包みから一つつまむと、酒饅頭のにおいを思いっきり吸い込む。
そのしみじみ感が伝わってくる。
「土方さんも新八さんも左之さんも、いっつも手ぶらでくるんですよ」
沖田は、そういってくすりと笑う。
いや、冗談なのだ。
食事もまともに喰えぬ病床の沖田にとって、きてくれることそのものに意義がある。
副長も永倉も原田も、しょっちゅう顔をだしているのであろう。
「松吉も、ほら」
斎藤が竹の皮の包みをさしだすと、松吉は正座を崩すことなくきっちりと掌を合わせ、「いただきます」といってから小さな掌をのばす。
「まぁ、おいしい」
お孝さんもにっこり微笑んでいる。
「いたいっ」
そのとき、松吉が小さな悲鳴を上げた。
ちょうど酒饅頭から掌をはなしたところである。
酒饅頭に、針でも仕込まれていたのか?などと、現代チックなことを考えてしまう。
「どれ・・・。ああ、これはひどいな。すまぬ。もっとはやくに、気づくべきであった」
斎藤が松吉の右掌をみ、呟く。
「あーあ、これはひどいな。痛かったであろう?よく我慢したもんだ」
藤堂も酒饅頭を食べるのを中断し、のぞき込んでいる。
掌に、まめがいっぱいできている。しかも、破けているものも。
「まぁまぁ大変。食べおえたら、手当てをしましょうね」
「お孝さん、手当てはわたしが。まずは、しっかりとかわかしたほうがいい」
沖田もまた、のぞき込んでいう。
「松吉、一生懸命鍛錬している証。えらいぞ」
「あぁ、そうだよ。わたしなど、最初のころはさぼってばかりであったから、掌などきれいなものだった。それにくらべ、えらいぞ、松吉」
「まだはじめたばかりでこれだけできるとは、すごいな松吉は」
斎藤、藤堂、沖田が、かわるがわる褒めたたえる。
それをききながら、ふとLINEスタンプの「コウOンちゃん」を思いだしてしまう。
ゆるくて可愛いペンギンに、「練習してえらーい」とか「がんばっててえらーい」とかいわれると、なにゆえか元気になった。
「松吉、これをみなさい」
沖田は、自分の両掌を松吉の顔のまえにさしだした。
視線を向けてくるので、おれたちもおなじように両掌をさしだす。
「松吉のまめのおおくは、右の掌にできている。左のそれにはすくない。だが、わたしと平助、主計さんのはどうだ?」
松吉は沖田の言葉に、なにをいわんとしているかに気がついたようだ。
「左の掌におおいです。斎藤先生は右差しだから、右の掌におおいのですね」
「えらいな、松吉。その通り。最初は、みなおなじだ。松吉もすぐに、左の掌にたくさんできるようになる。まめやらたこやら・・・。掌も分厚くなる。そして、立派な剣士になる」
おれもまた褒める。
褒めてのばすというのが、かならずしも有効とはいえない。褒めてものびぬ者はのびぬ。逆に、叱りつけ、尻を叩いてやっとのびる者もいる。
しかし、褒められれば悪い気はしない。がんばろうと思う。
褒められて嫌な気がするのは、よほど偏屈か天の邪鬼だ。
「そういえば、土方さんの掌ってきれいだよな」
「おねぇのもか?でもあれは、掌の甲がきれかったのであろう」
「だって、土方さんは一生懸命練習しませんからね」
藤堂、斎藤につづき、沖田が核心をつく。
「ちがいない」
藤堂と斎藤がそれにウケ、大笑いしだす。
この前夜、本来なら斎藤は紀州藩の公用人三浦休太郎の護衛で「天満屋」に詰め、海援隊、陸援隊の襲撃を受けて負傷するはずであった。その際、かれの手下が、かれをかばって死ぬ。
が、すでにそれをわかっている新撰組と、海援隊の陸奥や坂本の甥っ子の直は、互いに襲撃をするふり、されるふりでやりすごすつもりであった。
とりあえず、負傷するはずの三浦は無事だ。
ただ、双方おおくの者が真実をしらぬ。
新撰組は司令官を大石にかえ、襲撃者の人数に匹敵するだけの人員を動員した。事情をなにもしらぬ上での激突で、死者こそでなかったものの怪我人がでた。
かくいう大石も、浅手を負ったという。
怪我人には申し訳ないが、坂本や中岡の生命が助かったのである。
まったくの無事を望むことは、できない。
松吉の手当がおわると、おれたちはそれぞれ帰路についた。
明日の勝負にわくわくしつつ・・・。