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薩摩兵と侠客

 ちょうどこの時期、江戸で薩摩藩による御用盗が横行する。


 薩摩が討幕戦にもちこむために浪士組を結成し、江戸市中で暴れさせたのである。


 つまり、挑発しているのだ。


 これぞまさしく、テロ行為である。


 挑発された幕府は忍耐などもちあわせてはおらず、先見の明もない。さらには、高を括りすぎたし、なめまくりすぎた。


 親徴組しんちょうぐみらが江戸の薩摩藩邸を焼き討ちするのは、もう間もなくのことである。


 親徴組とは、もともと将軍警固のために上洛してきた浪士組の再組織である。

 清河とともに江戸に戻り、その清河が暗殺された後、再組織されて庄内藩預かりのもと親徴組として江戸市中の警護や海防を任された。


 これが、戊辰戦争の発端となる。


 さすがに、この京でテロまがいの行為はないものの、町のいたるところに薩摩兵があふれ、いつどうなってもおかしくない、そんなピリピリとした空気が流れまくっている。


 薩摩兵たちは、まるで極道やくざの道に入ったばかりのチンピラの集団のようだ。

 わざとそうするよう、指示がでているのかもしれない。

 

 おれもいつからまれるかわからない。

 相棒と、できるだけ裏道をゆくようにする。


 面倒はごめんである。


 あともうすこしで局長の屋敷、というところである。


 局長の屋敷のちかくに、一杯呑み屋がある。

 ちょっと路地に入った赤ちょうちんの店、的な感じの店である。


 老夫婦が、京の地酒とちょっとした酒肴を提供してくれる、庶民的な店だ。

 陽が暮れると、近所の独りもんが晩酌がてら夕飯を食べている。昼間も営業していて、ご近所の主婦が手伝いがてらだべったり、夜にだす肴をつまんだりしている。


 その店のまえで、揉めているようだ。


 できるだけ通りのはしをあるきつつ、様子をうかがってみる。


「なんじゃと?やっざがしゃしゃりでてくっとじゃなか」

「おめらは関係なかやろう。さっさとここから去りやんせ」

 薩摩兵たちだ。

 店のなかには、さらに数名の兵士たちがいるようだ。


 どんちゃん騒ぎか?

 大学のサークルの打ち上げのように、店内で騒ぎまくっているのだろう。


「困りまんな、兄さん方・・・。店のもんが迷惑や。こっから去るんはあんたらの方や」


 揃いのはっぴ姿の一団が、薩摩兵と対峙している。そのじつに堂々とした態度は、そう遠くない日にみた、あの神対応を鮮明に思いださせてくれる。


 会津の小鉄のところの、あの若頭である。


 うしろに若党をしたがえ、一人、薩摩兵たちへと歩をすすめる。

 ちいさいが、その迫力は往年の極道やくざ映画の比ではない。


「やっざ者めが」

 口々に叫ぶ薩摩兵たち。が、口ほどに体はついていっていない。迫力負けし、じわりじわりと後退している。


会津わしらのシマで勝手するんわ、だれであってもただやすまされへん。兄さん方、それをようわかっとっての乱暴狼藉か?」

 一歩、また一歩と小柄な体が薩摩兵たちを後退させる。


 いまや、通りは見物人でいっぱいだ。みな、薩摩兵たちに非難の視線を向けている。


 人々の頭越しに、若頭の背をみつめる。


 かっこいい、とつくづく思いながら。


「くそっ!覚えちょけ。ないしちょっ、ゆっぞっ」

 威圧負けした薩摩兵たちは、店のなかの仲間に呼びかけるとそそくさと立ち去った。


「さすがは会津っ」

「若頭っ!」

 千鳥足で逃げ去ってゆく薩摩兵の背をみながら、見物人たちから賞讃の声があがる。


 ニヒルな笑みで応じる若頭。それから、子分たちに店の片づけを指示する。


「新撰組の兄さんっ!」

 おれがそっと立ち去ろうとすると、若頭が声をかけてきた。


「兼定っ」

 足許に視線を向け、歓喜の声をあげる。さきほどのドスのきいたものとはまったく違う、やさしいものだ。


「若頭、先日はありがとうございました。いまの、かっこよかったですよ」

 大坂からのかえりに助けてもらった礼を述べつつ、グッジョブ的に親指を立ててみせる。


 若頭は、その親指に視線を向け意味をはかりかねたであろう。もしかすると、武士の間の符牒かと思ったかも。なわけないか?


 すぐに相棒へと視線を戻したのと抱きついたのが同時である。

 小柄な体いっぱいに喜びがあふれ、満面の笑み。


 うーん、みているだけで癒される。


「物騒やな。薩摩っぽどもの魂胆はみえみえや。なにがあっても、この京の町は護らなあかん」

 相棒の顔にすりすりしながらいう若頭に、おれは頷く。


 会津の小鉄は、この後に起こる「鳥羽・伏見の戦い」に子分たちを連れて参戦。京の町を護るのに尽力する。

 そして、敗戦後は放置された会津藩の戦死者の遺体を葬り、遺品を会津まで届けるのである。


 またちかいうちに会おうと若頭と約束し、局長の屋敷へと向かった。


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