飛び道具の重要性
砲兵術を学んでいる。それは、新撰組がまだ西本願寺に屯所をかまえていた時分からである。
練習は、空砲をぶっ放す。その「ドーン」という音が、あぁこれは黒いスーツと、同色の帽子でおなじみの「喪黒O造」の決め台詞のことではない。空砲の音である。
兎に角、その空砲の音も、西本願寺が新撰組をたちのかせたかった要因の一つである。
いや、おれが思うに、副長の嫌がらせだったのはなかろうか。絶対にそうに決まっている。いつの世も、騒音ほど迷惑なものはない。
嫌がらせの方法としては、格好の手段である。
それは兎も角、砲兵術は屯所をうつしてもつづけられている。
指南役は、会津藩の大砲奉行である林安定。愚直な老兵感満載の藩士である。
その林が指南にやってきた際、老中の田中からだと文を渡された。もちろん、おれ宛ではない。局長宛である。
沖田と俊春の勝負の場所を、黒谷が提供してくれるらしい。
まさか屯所の道場で、というわけにはいかない。というわけで、局長が表から、双子が裏でこっそり、黒谷にかけあってくれたのだ。
「おお、これにおいでか」
指南がおわったのであろう。会津の大砲奉行が掌を振りながらちかづいてきたのは、厨の裏庭で双子と一緒に市で購入したものを物色しているときである。
若い武士を一人連れている。その顔があまりにも林と似ているので、すぐに息子だとわかる。
「これはこれは権助殿、それに又一郎殿」
俊冬は、九条ねぎを地面に置きなおすと立ち上がって二人に向き直った。
俊春も京蕪を置き、それにならう。
すこしはなれたところでお座りしている相棒が、尻尾を振って二人を迎える。
権助というのは、林の通称である。そして、又一郎というのは林Jr.の名前である。
林Jr.もまた、父親に似て愚直そうなオーラをだしている。が、相棒をみて相好を崩した。青年っぽさがとってかわる。
蛙の子は蛙で、林Jr.も砲兵隊の一人であり、父親の弟子の一人らしい。
「大砲も銃も、あちらは最新式のものを準備しております。正直、こちらのものと比較し、精度性能の差がありすぎます」
俊冬は、一礼するとすぐにそうきりだす。
「大砲奉行の拙者の尽力が足りぬのか、そのことをほかの連中に説こうにもきく耳をもってくれぬのです。みな、刀と槍で決着がつくと、たかをくくっており申す。それは会津だけでなく、新撰組も同様。真剣に指南を受けてくれませぬ」
幾度もおなじような会話をかわしてきているのであろう。林は、ため息とともに応じた。
その横で、息子はじっと相棒をみつめている。
「どうぞ、撫でてやってください」
おれがそっと囁くと、息子の顔にぱっと花が咲いた。
相棒にちかづくと、両膝を折って撫ではじめる。
「林殿は、新式銃や大砲を?」
「京で幾度か・・・。おっしゃる通り、その差に愕然としてしまいました。が、手に入れるのは困難。殿もある程度の理解は示してくださってはいるが・・・」
「承知いたしました。銃ならば数丁確保できるやもしれませぬ。威力の違いだけでも、しっていただかねば・・・。主計、銃は撃てるか」
突然話を振られ、相棒を撫でる又一郎から視線をひきはがす。
林とも又一郎とも黒谷で面識はあるが、言葉をかわしたことはない。
「会津で犬がまってくれておる。おそらく、であるが」
おれと視線があうと、林は陽に焼けた愚直な顔に笑みを浮かべた。
「餌をやる愚妻に尻尾ばかり振っておるから、もしかすると、われわれのことなど忘れてしまっておるやもしれぬ」
それが苦笑にかわる。
「権八という名の秋田犬で、知り合いのマタギより譲ってもらった。会津にいるときには、幾度か熊を追いかけたものだ」
親子そろって犬好きというわけだ。
しかも権八?
自分の通称にかけて名づけるあたり、相当な犬好きに違いない。
「秋田犬ですか?古武士の風格のあるいい犬種です」
「愚妻は、西洋かぶれのわたしなどより、よほど会津武士らしいといいよる」
林は、そういうと笑う。
奥方へも犬へも愛情があふれている、そういう笑い方である。
「あぁ銃ですね?うーん、どうでしょうか。拳銃、いえ拳銃なら撃てると思いますが、ミニエー銃ですか?触ったことがありませんから。ですが、教えてもらえば撃てるようになると思います。要領はわかりますので」
俊冬の問いに答えながら、この時代の銃について、頭のなかのウィキを検索する。
現代でライフル銃は何度か撃ったことはあるが、それが「ゴOゴ13」なみにすごいのかといえば疑問だし、拳銃も支給のオートマチックを遣っていた。それが「次元O介」なみにすごいのかといえば、はなはだ疑問である。
現代人でありながら銃より武術派のおれは、現代やこの時代の銃や大砲の知識はあまりおおくない。
ミニエー銃やゲーベル銃、スペンサーフィールド銃、エンフィールド銃、大砲なら四斤山砲やアームストロング砲、ガトリング砲くらいであろうか。
しかも、ガトリング砲のイメージは「るろ◯に剣心」である。
またしても、自分の知識不足に呆れ返ってしまう。
「そうか・・・」
俊冬も呆れているのか、ただそれだけの返事である。
俊冬は、それからしばし林と雑談していたが心ここにあらずの感じだった。
いよいよ明日だ。
沖田と俊春の試合である。
前日、局長の屋敷に沖田の様子をみにいくことにした。
相棒を供に。
途中、例の「饅頭屋」で饅頭をゲットする。
沖田もそれが大好きだと、藤堂からきいていたからだ。
ぶらぶらあるきながら、軍服に身を包んだ薩摩兵の姿をみかける。それも一組や二組ではない。
ちゃんとした洋式の軍服に、とんがり帽子をかぶっている。
すごい。ドラマや映画のまんまである。
この京にまとまった数の薩摩兵、いや、大隊が呼び寄せられているということになる。
現実をまのあたりにすると、いやでも開戦が差し迫っていることを実感してしまう。
「いこう、相棒」
綱を握る掌に、力がこもる。