表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

311/1255

助けたい男と株を下げる男

「局長も副長も疲れてるんだな」

 双子の按摩ですっかり眠ってしまっている二人をみおろし、原田がしみじみという。


「ああ、二人とも働きすぎだわな」

 それに応じ、永倉もいう。

 それから、「おれらと違ってな」とつけたし、笑う。


「それにしても、おねぇの隠れ家を帝が?」

 ふと、思いだしてきいてみる。


 実際のところは、朝廷の有力者が用意させたのであろうか、と思いながら。


「まさか」

 俊冬は局長を仰向けにし、布団をかけてやりながら答える。


 俊春も、副長をおなじようにしてやっている。


「今上帝は、御陵衛士の存在すらおしりにならぬ。寓居を提供してくれたのは、会津。厳密には、金子をいただき、わたしが手配した」

「おねぇがしったら、どう思うかな?油少路にいってきたが、誠にそれっぽく死体がさらされていた。あれなら、だれだかわからんだろう。役立たずの実弟だって、兄貴と思いこむさ」

 永倉は、そういってからちいさく笑う。


「ですが、仇を討とうとするでしょう」

 そういうと、起きている者全員がおれに注目する。


「へー、あの腑抜けの実弟が?」

 原田である。


 掌を伸ばすと、残りすくない薩摩揚げをつまみ、口のなかに放りこむ。


「殺ってもないのに恨まれるってか?まぁ恨みの一つや二つ、増えたところでなんてこたないわな。俊冬、おれも揉んでくれないか?」

 さすがはトラブル好きだ。


 永倉は湯呑みの酒をいっきに呑み干すと、布団の上にごろんとうつ伏せになる。


「よございますとも、永倉先生」

 俊冬が快く応じて按摩をはじめると、永倉はそっこう落ちた。


 豪快な鼾が、御殿のなかに響き渡る。


「局長が、たいそう喜ばれている」

 不意に井上がいった。


 空になった原田の湯呑みに酒を注ぐと、視線を双子に向ける。

 視線で酒をすすめるが、双子は同時に頭を左右に振る。


 双子は屋敷では酒を呑まぬ、と斎藤がいっていたのを思いだす。

 ゆえに、斎藤は一人で呑んでいるらしい。


「総司が勝負の為に元気になってくれた、と」

 うれしいのは局長だけではない。井上もだ。


 陽に焼け、小皺だらけの顔に柔和な笑みが浮かんでいる。


「なぁ主計、総司の病を治すことはできぬのか?」

 原田がきいてきた。酒をいっきに呑み干す。


 いわれるまでもなく、それについては何度も考えている。


 脳外科医がタイムスリップした漫画のことも、幾度も思いだす。

 専門スキルが違うとはいえ、主人公の医師もどうにもできなかった。その漫画でも沖田は死んだ。

 主人公の医師は、いろんな手術道具を工夫し、あらゆる手段を講じ、ペニシリンの精製まで成功したのに、だ。


 リアルには、蘭方医にして将軍の御典医である松本法眼まつもとほうげんでも、どうにもできなかった。


 空気のいいところでゆっくり養生する・・・。

 いろは程度しか知識のないおれには、これ以上なにも思い浮かばない。


 抗結核剤ができるのは、第二次大戦後のことである。


 だが、感染した者がかならずしも発症するわけではないのとおなじように、発症した者すべてが死んでしまうわけではない。助かった者もいる。


 沖田の場合は、江戸に戻るまで静かなところでの療養を拒否しつづけた。療養で治すには、おそすぎたのである。


「すみません。こればかりは・・・」

 布団に視線を落とすしかなかない。


「そうか・・・。なら、双子はどうだ?おまえらなら、病だって治しちまいそうだが」


 いつになく真剣で執拗な原田をみながら、沖田のことをよほど心配しているのだと痛感する。


 双子がどう答えるかと思ったが、こちらも真剣な表情でただ顔を左右に振るだけである。


 この夜、おれたちは相棒の小屋で眠った。 


 そうそう、この夜、相棒はプレゼントをもらった。贈り主は俊春。いっておくが大好物の沢庵ではない。


 先日、相棒の首輪から綱をはずしつつ、ぶつぶつ呟いていた俊春。どうやら、すっかりぼろぼろになった相棒の首輪のことが気になったらしい。


 もともとの首輪をもとに、あらたにつくってくれたのだ。首輪を、である。


「「甲州印伝」を学び、その技法をつかった。ああ、われらは「これで喰っている」ていで、すごしていたこともある」

 相棒の頸に自分メイドの首輪をとりつける俊春をみながら、そう説明してくれたのは俊冬である。


「「こうしゅういんでん」?」

 一瞬、公衆に伝わるなにかかと思った。もちろん、おれの頭のなかでそれに関するウィキはひっかかってこない。


「甲州に伝わる鞣革の技法のことだ。鹿の革を馬の脳髄から取りだした脳漿のうしょうでなめすのだ」

「ええ?牛の脳漿で?っていうか、そんなことまでできるんですか?」


 つぎからつぎへとでてくる双子の特殊技術。「武芸百般」ならぬ「なんでもありあり百般」だ。


 それは、ブラウン色のシックな首輪である。首まわりも調整できるようになっていて、とめられるよう金具がついている。


 これをたった一日で?革をなめすのって、一日でできることなのか?


「まさか。三十日ほどかかる。此度は、以前なめしていたものを細工したのだ」

 俊春は、相棒の頸をみながらうんうんと頷く。


「よかったな、相棒。ありがとうございます、俊春殿」

 うれしいものである。


 まさか相棒の首輪が、しかも鹿革の首輪をプレゼントしてもらえるなどとは・・・。


 ちゃんと「兼定号」と刻まれている。芸の細やかさにも脱帽である。


 相棒も、にこにことうれしそうにしている。


 これでまた相棒の双子の株がぐんと上昇し、おれのそれはいっきに下降したにちがいない。


 ああ、絶対そうに違いない・・・。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ