女子会と男子会
この夜、「兼定御殿」の人口密度は史上最高を迎える。
もはや相棒の住処ではない。
たしかに、相棒の小屋のはずである。
そう、そのはずである・・・。
「なんだって別宅のある連中まで、ここにいやがるっ!」
副長の怒鳴り声である。
副長は御殿の敷居をまたぐまでもなく、扉を開けた瞬間に怒鳴った。
「あーっ歳、すまぬ」
局長は敷き詰めた布団に顔をうずめていたが、物憂げにそれをあげ、詫びる。
「かっちゃん?なんであんたまで・・・」
絶句する副長。
布団の上で車座になって酒を呑んでいる永倉が、かわりに答える。
「屋敷から追いだされたんだよ、近藤さんは。で、おれたちは家にだれもいねぇ。なんでも、うちと左之、双子、それと近藤さん、これら女子衆が、近藤さんのところに集い、一夜明かすそうだ」
「主計がいうには、そういうのを女子会っていうらしい」
原田がつづける。
「女子会?なんだそりゃ?」
副長に睨みつけられ、思わず頸をすくめてしまう。
「歳、歳、兎に角、扉を閉めてくれ。寒風が入ってくる」
「あっああ、すまぬ」
局長は、また布団に顔をうずめる。
「あー、そこそこ、そこだ。極楽だー」
局長の歓喜の叫び。
副長はそれを背にうけつつ、置きっぱなしにしている自分の予備の文机にちかづく。
それから、胸元に抱えている書類と硯箱を置く。
「女子会とは、女性ばかりが集まって宴会をすることです」
「なんてこった・・・。女子ばかりが?」
副長は、隅のほうで相棒と並んで座っているおれをみおろす。
鼻の下が伸びきっている。きっと、違う意味にとっている。
「ああ、ここでいう女子会とは、ここにいらっしゃる旦那や身内の悪口をいったり、米や醤油の相場がどうのとか、どこそこのなにがうまいとか、芸能人が、もとい役者のだれがかっこういいとか、あと・・・」
おれは、女子会についての蘊蓄を述べる。
「あと、なんだ?」
副長だけでなく、永倉たちも注目している。
「エッチな話題も・・・」
おれがいいよどむと、途端にみなが喰いついてきた。
「ああ?エッチってなんだ?」
「えっちらほっちら?」
「越中か?越中守か?」
永倉、原田、そして副長・・・。
「かけ声ではありません。地名でも位階でもありません。ついでに刀の銘でも」
桑名少将が越中守に叙任されたのは、さらに若い時分である。
そして、「越中守正俊」は、戦国時代から江戸時代初期にかけての業物である。
「あなた方のようなことを、エッチというのです」
くすくす笑いながら告げる。
「つまり、助兵衛ってことだな、うむ」
井上である。
井上まできてくれたのである。
そして、これもまためずらしく酒を呑んでいる。
真っ赤な顔で、上機嫌な様子である。
井上に弱い三人は、たがいに顔をみ合わせ苦笑している。
「でっ、これは?男子会というわけか?」
「はは、そりゃいい。男子会だ」
「なら、エッチな話もせんとな」
副長、永倉、原田は、そういってから笑う。
「男子会、とはあまりいいませんけどね」
苦笑するしかない。
「斎藤先生と藤堂先生はこれませんので、沖田先生とともに松吉や竹吉、茂君にお勇ちゃんの面倒をみさされているとか」
「ああ?新撰組の組長どもが揃って子守か?」
副長は、永倉と原田の間をあけさせるとそこにどかりと胡坐をかく。
井上がすぐにからの湯呑みに酒を少量注ぎ、手渡す。
こういうささいなことが昔からおこなわれているのだと、あらためて実感する。
そういえば、小常さんは産後の肥立ちが悪く、鳥羽伏見の戦いのまえに亡くなったんじゃなかったか・・・。
ふと、そんなことを思いだした。
それとも、それはドラマチックにする為の創作であったか・・・。
永倉は、プライベートはほとんど語らない。生まれたばかりの磯ちゃんのことすら・・・。
「なんだ、主計?」
視線に気がついたのであろう。永倉が杯の掌をとめ、きいてくる。
「あっいえ、小常さん、お元気ですか?ああ、でも、女子会に参加されてるのですから、お元気なんですよね?」
「ああ・・・。おいっ左之、酒をすぎるなよ」
永倉はぶっきらぼうに返事すると、すぐに話題をそらす。
暗に「触れるな」、といっているのである。
詮索をあきらめるしかない。
気になりつつも・・・。
副長は、蒲団の上にうつぶせになって按摩をしてもらっている局長にいう。
「それにしても、気持ちよさそうだな、かっちゃん」
もちろん、按摩をしているのは俊冬である。
按摩師のスキルもあるだけのことはある。
おれもみていてやってもらいたいくらいだ。
「あー、じつにきもちがいい。追いだされてよかったくらいだ。歳もやってもらえばいい」
「ああ?おれは・・・」
「では、副長はわたしが」
火鉢をいじっていた俊春があいている蒲団を指し示す。
っていうか、犬小屋に蒲団やら火鉢やら文机をもちこんでるっていうのは、いったいどういうことなのか?
「いや、おれは・・・」
尻込みする副長。
「お案じめさるな、副長。わたしも按摩の経験がございます」
「あぁそうだろうな・・・。ならば、じっくりやってもらおうか」
そして、副長もうつぶせになる。
「伍長にばれてた。まっ山崎がこそこそやってたんだ。気がついて当然か」
「島田が?うちの林は気がつきゃしなかったようだ。島田なら問題なかろう?」
永倉と原田が、酒を酌み交わしつつ話をしている。
「わるいわるい。兼定、沢庵だ」
永倉は、一枚の皿を相棒のほうへとすべらせる。
いまさらだが、兼定御殿は畳である。
犬小屋に畳、である。フローリングのほうが向いているということはさしひいても、犬小屋に畳というのもすごいものがある。
建った当初、檜の香りとともに、いぐさのいいにおいもしていた。
残念ながら、いまはもうしない。
まださほど時間が経っていないというのに。
しかも、犬臭くなっているわけではない。
いや、もしかするとおれの鼻がおかしいのかもしれない。相棒のにおいに慣れているからである。
だが、饅頭やら団子やらといった甘い匂いにまじり、酒やあてっぽいにおいがするのは?
結論からいうと、おれの鼻が相棒に慣れているというわけではなさそうだ。
「まて・・・。よし、いいぞ兼定」
永倉も慣れたものだ。
かれの了承を得、相棒は皿に並んだスライス沢庵をぺろっと平らげる。
「ゴー」「スピー」
おおきい鼾、ちいさい鼾が御殿内を満たす。