表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

310/1255

女子会と男子会

 この夜、「兼定御殿」の人口密度は史上最高を迎える。


 もはや相棒の住処ではない。

 たしかに、相棒の小屋のはずである。

 そう、そのはずである・・・。


「なんだって別宅のある連中まで、ここにいやがるっ!」

 副長の怒鳴り声である。


 副長は御殿の敷居をまたぐまでもなく、扉を開けた瞬間に怒鳴った。


「あーっ歳、すまぬ」

 局長は敷き詰めた布団に顔をうずめていたが、物憂げにそれをあげ、詫びる。


「かっちゃん?なんであんたまで・・・」

 絶句する副長。


 布団の上で車座になって酒を呑んでいる永倉が、かわりに答える。


「屋敷から追いだされたんだよ、近藤さんは。で、おれたちは家にだれもいねぇ。なんでも、うちと左之、双子、それと近藤さん、これら女子おなご衆が、近藤さんのところに集い、一夜明かすそうだ」

「主計がいうには、そういうのを女子会っていうらしい」

 原田がつづける。


「女子会?なんだそりゃ?」

 副長に睨みつけられ、思わず頸をすくめてしまう。


「歳、歳、兎に角、扉を閉めてくれ。寒風が入ってくる」

「あっああ、すまぬ」

 局長は、また布団に顔をうずめる。


「あー、そこそこ、そこだ。極楽だー」

 局長の歓喜の叫び。

 副長はそれを背にうけつつ、置きっぱなしにしている自分の予備の文机にちかづく。

 それから、胸元に抱えている書類と硯箱を置く。


「女子会とは、女性ばかりが集まって宴会をすることです」

「なんてこった・・・。女子おなごばかりが?」

 副長は、隅のほうで相棒と並んで座っているおれをみおろす。


 鼻の下が伸びきっている。きっと、違う意味にとっている。


「ああ、ここでいう女子会とは、ここにいらっしゃる旦那や身内の悪口をいったり、米や醤油の相場がどうのとか、どこそこのなにがうまいとか、芸能人が、もとい役者のだれがかっこういいとか、あと・・・」

 おれは、女子会についての蘊蓄を述べる。


「あと、なんだ?」

 副長だけでなく、永倉たちも注目している。

「エッチな話題も・・・」

 おれがいいよどむと、途端にみなが喰いついてきた。


「ああ?エッチってなんだ?」

「えっちらほっちら?」

「越中か?越中守か?」

 永倉、原田、そして副長・・・。


「かけ声ではありません。地名でも位階でもありません。ついでに刀の銘でも」


 桑名少将が越中守に叙任されたのは、さらに若い時分ころである。

 そして、「越中守正俊えっちゅうのかみまさとし」は、戦国時代から江戸時代初期にかけての業物である。


「あなた方のようなことを、エッチというのです」

 くすくす笑いながら告げる。


「つまり、助兵衛ってことだな、うむ」

 井上である。


 井上まできてくれたのである。

 そして、これもまためずらしく酒を呑んでいる。

 真っ赤な顔で、上機嫌な様子である。


 井上に弱い三人は、たがいに顔をみ合わせ苦笑している。


「でっ、これは?男子会というわけか?」

「はは、そりゃいい。男子会だ」

「なら、エッチな話もせんとな」

 副長、永倉、原田は、そういってから笑う。


「男子会、とはあまりいいませんけどね」

 苦笑するしかない。


「斎藤先生と藤堂先生はこれませんので、沖田先生とともに松吉や竹吉、茂君におゆうちゃんの面倒をみさされているとか」

「ああ?新撰組うちの組長どもが揃って子守か?」

 副長は、永倉と原田の間をあけさせるとそこにどかりと胡坐をかく。

 井上がすぐにからの湯呑みに酒を少量注ぎ、手渡す。


 こういうささいなことが昔からおこなわれているのだと、あらためて実感する。


 そういえば、小常さんは産後の肥立ちが悪く、鳥羽伏見の戦いのまえに亡くなったんじゃなかったか・・・。

 ふと、そんなことを思いだした。

 それとも、それはドラマチックにする為の創作であったか・・・。


 永倉は、プライベートはほとんど語らない。生まれたばかりの磯ちゃんのことすら・・・。


「なんだ、主計?」

 視線に気がついたのであろう。永倉が杯の掌をとめ、きいてくる。

「あっいえ、小常さん、お元気ですか?ああ、でも、女子会に参加されてるのですから、お元気なんですよね?」

「ああ・・・。おいっ左之、酒をすぎるなよ」

 永倉はぶっきらぼうに返事すると、すぐに話題をそらす。


 暗に「触れるな」、といっているのである。


 詮索をあきらめるしかない。

 気になりつつも・・・。


 副長は、蒲団の上にうつぶせになって按摩をしてもらっている局長にいう。


「それにしても、気持ちよさそうだな、かっちゃん」

 もちろん、按摩をしているのは俊冬である。

 按摩師のスキルもあるだけのことはある。

 おれもみていてやってもらいたいくらいだ。


「あー、じつにきもちがいい。追いだされてよかったくらいだ。歳もやってもらえばいい」

「ああ?おれは・・・」

「では、副長はわたしが」

 火鉢をいじっていた俊春があいている蒲団を指し示す。


 っていうか、犬小屋に蒲団やら火鉢やら文机をもちこんでるっていうのは、いったいどういうことなのか?


「いや、おれは・・・」

 尻込みする副長。

「お案じめさるな、副長。わたしも按摩の経験がございます」

「あぁそうだろうな・・・。ならば、じっくりやってもらおうか」

 そして、副長もうつぶせになる。


「伍長にばれてた。まっ山崎がこそこそやってたんだ。気がついて当然か」

「島田が?うちの林は気がつきゃしなかったようだ。島田なら問題なかろう?」

 永倉と原田が、酒を酌み交わしつつ話をしている。


「わるいわるい。兼定、沢庵だ」

 永倉は、一枚の皿を相棒のほうへとすべらせる。


 いまさらだが、兼定御殿は畳である。

 犬小屋に畳、である。フローリングのほうが向いているということはさしひいても、犬小屋に畳というのもすごいものがある。


 建った当初、檜の香りとともに、いぐさのいいにおいもしていた。 


 残念ながら、いまはもうしない。

 まださほど時間ときが経っていないというのに。


 しかも、犬臭くなっているわけではない。

 いや、もしかするとおれの鼻がおかしいのかもしれない。相棒のにおいに慣れているからである。


 だが、饅頭やら団子やらといった甘い匂いにまじり、酒やあてっぽいにおいがするのは?


 結論からいうと、おれの鼻が相棒に慣れているというわけではなさそうだ。


「まて・・・。よし、いいぞ兼定」

 永倉も慣れたものだ。


 かれの了承を得、相棒は皿に並んだスライス沢庵をぺろっと平らげる。


「ゴー」「スピー」

 おおきい鼾、ちいさい鼾が御殿内を満たす。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ