苦しい想い
副長の別宅は、普通に生活するには狭い。
マンションでいうところの、単身者向けの1LDKといったところだろうか。
ああ、もちろん風呂もシャワーもない。トイレは共同便所である。あ、いや厠か。
打ち合わせに使っている部屋に入るなり、藤堂は副長の着物の袂を掴んだ。
「土方さん、きいてくれ」
灯火の淡い光のなか、藤堂の表情も声も、かなり切羽詰ったものある。
「わかってる。どの面下げて、ここにきたっていいたいんだろう?一に無理矢理頼んで、連れてきてもらったんだ。どうしても、きいてもらいたいことがあったから・・・」
副長は、藤堂に向き直ると無言で頷いた。
それから、座るよう身振りで示す。
副長のまえに藤堂が座し、おれたちは廊下側の襖のまえに並んで座す。
「話をきくまえに、平助、いい加減目を覚ましちゃどうだ、えっ?伊東に対する義理ははたしたろう?それと、山南さんのことだがな、おれが理由だ。それを恨みに思ってるんだったら、まずは戻ってきて、それからどうにでもすりゃあいい。決着がつくまで、斎藤と雲隠れしてやがれ。いいな?」
ずいぶんと傲慢で強引ないい方だと感じる。
藤堂は、それを俯き加減でじっときいている。
途中、山南の名がでたときだけ両肩がピクリと動いたが、それ以外に動きはない。
1867年(慶応三年)11月、世にいう「油小路事件」。
永倉と原田は、藤堂だけは助けるようにと密命を受けた。
もちろん、隊士たちはそれをしらない。
webでは、戦闘の際に背後から斬られ、それが致命傷となって死んだ、と記載されている。
藤堂は、逃してくれようとした永倉と原田の意を汲み、逃げようとした。そのタイミングで藤堂の組下だった隊士が、藤堂を背後から斬った。
「魁先生」が背中を斬られるなど、それ以外に理由がみつからない。
じつは、その説には半信半疑だった。
そこにいた永倉が、のちに語ったことらしい。
だが、記憶違い、もしくは虚飾であったりおおげさであったりとか、それらしきことに後世の小説家が創作したものだったりと、混沌としている。
もちろん、ほかのおおくの死者たちとおなじように、藤堂にも生存説があるのはいうまでもない。
つまり、真実はわからないのである。
「それは、それはできない」
藤堂は、畳に視線を落としたままつぶやく。
それは、じつに苦しげないい方である。
「いいや、できる。いまのは頼みでも希望でもねぇ、命じてるんだ。近藤局長からの命だ。おめぇにそれを拒否したり、考慮したりする権利はねぇんだよ、平助」
さらなる強引さに驚いたが、いわれている本人はもちろんのこと、左右にいる山崎も斎藤も表情一つかわっていない。
いまの藤堂には、こうまでいわないと助けられないことがわかっているからなのか。あるいは、藤堂に対しては、いつもこうなのか。
「斎藤とともに、間者として潜り込んでいた。それだけだ」
藤堂は、はっとしたように顔をあげる。
「実際、こうして情報をもってきた。そうだろう、平助?」
副長の表情が和らぐ。眉間に皺はなく、口許にはやさしい笑みが浮かんでいる。
「おめぇは、もともと政に関しちゃたいして意見も思想ももっちゃいねぇ。ただ義理人情に振りまわされてるだけだ・・・。すまなかったな、苦しめちまって。山南さんのことも含めて、だ・・・」
「土方さんの所為、じゃないんだろう?」
藤堂は、そう信じたいとでもいうように、縋るような視線を向ける。
副長は、それから逃れようなことはせず、真っ向からそれを受け止める。
「いいや、おれの所為だ。おれが追い詰めた。いろんなことが山南さんを縛り、追い詰めた。だから平助、戻ってからおれをどうとでもすればいい。仇討も、生きてなきゃできねぇからな」
藤堂は、また視線を畳に向ける。
逡巡しているのが、よくわかる。
副長の意を、はかりかねているわけではない。
理解できるからこそ、迷っているのであろう。
「ときがない。土方さん、長居できない」
そして、そうきりだす。
否定も肯定もしないままに。
「わかった。きこう」
副長は、どうとったのであろう。
それがわかるほど、かれらとの付き合いが長いわけではない。