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二人(BL?)の世界は修羅場でしょうか?

 人間ひとは、人生のなかで幾度修羅場というものに遭遇するであろう。あるいは、地獄絵図をみることができるであろう。


 現代でも幕末ここでも、悲惨であったり凄惨であったり、悲しかったり哀れであったり、そういったシーンをみたりきいたり、実際に立ち会ったりということもすくなくない。


 それは、ここにいる者全員が等しく体験しているであろう。


 廊下に居並び、その光景をみつめた。そう、ただみつめていた。


 よくある「このときの光景は一生忘れられない」だの、「それは、瞼の裏に焼きついて」だの、「一生涯で印象に残ったシーン」だのと表現されるが、これについてはなんの印象も思いも浮かばない。


 あまりにも衝撃的すぎて、すべてが真っ白になっている。

 思考のみならず、呼吸や心臓にいたるまで、すべてが機能不全に陥っている。


 ああ、そうだ。唯一、視覚だけはそのみたくもないものをみせてくれている。


 ああいうことやこういうことを、あれこれ想像していた。想定もしていた。実のところ、心のどこかで覚悟はしていたつもりだ。


 おれなりに気持ちの整理をつけ、いかなる状況にでも対処できるよう、備えていた。


 相馬流危機管理法、というわけである。


 だが、それはもろくも崩れ去った。

 想像の斜め上をゆきまくっている。


 絡みあっている。絡みあい、それはけっして解けることなく結合している。おれたちの視線のさきで。

 古い洋館の壁に這う蔦のようにそれは絡みあい、すべての動きを止めている。


「お二人とも、まだされていらっしゃったのですね。誠にお好きだ・・・」

 俊冬は男前の顔にさっぱりとした笑みを浮かべ、室内に音もなく入った。そして、両者の傍らに座す。


 俊春もおなじように座し、こちらは大仰に叩頭する。


「先生、そろそろおやめになりませぬか?土方殿・・・は、精も根も尽き果てていらっしゃるご様子・・・。俊春、乱れたもの・・を片付けなさい」

「はっ・・・。失礼仕ります」

 俊春は、断りを入れると、しずしずと両者の乱れをなおしにかかった。


「かさかさ」と奇妙な音が、耳にもにも痛い。


「わお・・・。まさかこんなになってたなんてな・・・」

 そして、原田の呟き。


 そうか、原田は服部や阿部の対応に追われていたわけだ・・・。


「先生、ついさきほど、あなたは殺されました。新撰組の暗殺者によって。助けにきた藤堂君、服部君、毛内君もまた同様。四人の遺体は、油小路の辻に晒されるでしょう」

 俊冬の単調な説明がつづく。


「本懐を遂げることができぬことは不本意かと。なれど、時勢はあなたの思想をこえ、独りあるきしております。否、少数の者によって歪められました。あなたや新撰組に、もはやそれに抗う力も術もござりませぬ。生命いのちがあるだけ重畳・・・」


 その間に、俊春は絡み合ったもののほつれをほどき、きれいに整える。それから、五本あるほうの掌を、おねぇの裸体に這わせる。


「先生、無念でございます。なれど、土方殿・・・とこうして存分にやりあえたでございましょう?」

 俊春は、おねぇの右耳に熱い息とともにそう囁きかける。


「わたしも幾歳月ぶりにかわいがっていただきました」

 おねぇの耳に囁きつづける俊春。


 はたして演技なのか、はたまたマジなのか、おれには判断できない。


「声がでぬほどやりあいましたかな、先生?」

 俊冬は、四本しか指のないほうの掌を伸ばすと、弟が整え置いたものをつまんだ。


 それらは、俊春が片付けるまで複雑怪異に絡み合っていたもの。


 俊冬は、それに視線をはしらせる。

 そのポーカーフェイスに、ゼロコンマ以下になにかしらの感情がはしったとしても、おれにはよみとることができない。


 スキルがあり、コツをしっているおれですら。


「すばらしい。どれも最高のできでございますな。それは、双方に申せます。土方殿・・・のは、はじめて触れましたが・・・」

 俊冬の男前の顔は、ポーカーフェイスが保たれている。


「これはこれで・・・、純粋な想いに触れることができ申す・・・」

 俊冬は、掌にあるそれらを畳の上に置いた。そして、目線で俊春に合図を送る。


 おもむろに、俊冬は副長の眼前に、俊春はおねぇの眼前に、それぞれ掌をかざす。


「ぱちんっ!」

 二つのかわいた音が、しんと静まり返った室内にはじけた。


「な、な、なんだこりゃ?」

 副長の動揺は、その一語に存分にこもっているだろう。


 ぴょこんと立ち上がり、座したままのおねぇを睥睨する。


 まぁ副長でなくても、だれだって動揺するであろう。


「くそっ、なにか頭が重だるいが・・・。ぼーっとしてやがる。いや、そんなことより、こいつはいったいなんだ、ええ?」

 掌で頭を抱えながら、もう一方の掌でおねぇを指差し、副長は怒鳴り散らす。


 淡い灯火のなかでも、副長の指はきれいですらっとしているのがわかる。爪もきれに伸びている。どんな奇抜なデザインや色合いのネイルでも似合いそうだ。


「伊東先生です、土方殿・・・

 俊冬は平然と答えた。


 そのあまりにも冷静な答えに、副長もはっとしたらしい。


 脳内で、必死に状況をまとめているのがわかる。あるいは、思いだそうとしているのが。


土方殿・・・、「角屋」で女刺客に襲われたところを、伊東先生が救ってくださいました」

「なんだって?」

 俊冬の解説に、当人でなく永倉が反応した。


『シャット・アップ!!』的な全員の無言の圧が即座にかかり、永倉は口を閉じる。


「刺客は、われらが始末いたしました。毒にやられました副長を、伊東先生はこれにて介抱してくださったのです」

「ああ?」

 副長は、胡散臭げに俊冬をみる。

 それから、俊春が肩に夜着をひっかけてやったとはいえ、実質、真っ裸状態で女座りしているおねぇを・・・。


「伊東先生、ご存知でしたか、薩摩藩の策略を?あなたに新撰組を始末するよう使嗾し、それをしった新撰組はあなたを葬ろうとした。あなたは、薩摩にいいように踊らされていた。もっとも、明晰なあなたです。それにのったふりをし、反対に薩摩を利用されていたのでしょうが・・・」


 俊冬の推測の間、俊春はいたわるようにおねぇの上半身を愛撫しつづけている。


 正直ぞっとする。

 双子は、こうして甘言と色仕掛けで相手を篭絡することもあるのだ。

 殺ったり傷つけたり、だけではない・・・。


近藤殿・・・は寛大なお方。新撰組がひっかぶってくださいました。あなたや御陵衛士を助ける為、うまく采配されたのです。あなたがこれにいらっしゃる間に、薩摩に一泡吹かせることに成功いたしました。つまり、あなたは新撰組に暗殺されたのです」


「な、なんですって・・・?」

 そのとき、ようやくおねぇがわれに返ったようだ。


「どういうことなのです、俊冬?」

「あまり手間をかけさせないでください、先生。あなたは、この京に上洛し、土方殿・・・に出会った瞬間におわったのです。文字通りの意味で。それ以降のあなたのすべての行動は、この日の本や帝の為のものではなく、土方殿・・・もの・・にするご自身の為・・・。土方殿・・・は靡きませんよ、残念ですが。それに、こうして二人ですごす時間ときがもてたのです。憧れの土方殿・・・との時間ときを。存分に愉しまれたのです、充分でございましょう」

 俊冬はそういっきにまくしたてると、畳の上のその証を再度掌にとる。


 副長とおねぇの、二人だけのひとときの証を・・・。

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