パラパラ パラダイス!
おれの足許で、相棒が「くーん」と甘えた声をだした。
同時に視線を感じる。
そちらをみると、いつの間にか俊春も戻ってきている。
双子がそろっておれをみる。
えもいえぬ違和感。
二人と一頭の六つの瞳は、さらなる複雑な思いをあたえる。
「それで、土方さんは?源さん、土方さんはどこにいる・・・」
「井上先生、豆ばっかりいじくってないでそろそろ酒を・・・」
永倉が井上に迫りかけたところに、奥からでてきたのはデマ拡散野郎こと坂井だ。
胸元に盆を抱えている。そこには、ぱっとみでは数えきれないほどの銚子が立っていたり転がっている。
原田にフルボッコにされた半面が、蝋燭のささやかな灯りのなかでも痛々しい。
お座りしている相棒の体がそちらへ向く。
黒いつぶらな瞳で、坂井をガン見する。
「なっなんだよ、野獣っ!こっちみんな」
坂井は、二、三歩あとずさりながら相棒に怒鳴り散らした。
「野獣だぁ?坂井、そっくりそのままかえさせてもらうぜ。こんっなに、こーんなにかわいらしい野獣がいるもんか、ええっ?」
なにゆえか、永倉が飛びだしてきた。そして、坂井と相棒の真ん中で、相棒にでかくて分厚い掌を向けながら叫びちらす。
いや永倉、ありがたいがそこまで強調するほどかわいい犬種ではないと思う。
相棒も、「どの子のこと?」といった表情で永倉をみあげている。
「主計、頼むから野獣二頭をとおざけてくれ」
「なんだと坂井っ!兼定っ、こいつのナニを喰いちぎってやれ」
永倉は、怒髪天を衝く勢いだ。
「新八さん、落ち着いて。坂井君も悪気があって申している・・・」
藤堂が永倉に駆けより、なだめようとしたところに坂井がかぶせてきた。
「悪気があって申しておる。せっかく野獣の巣窟を脱し、麗しきパラダイスで先生とすごしていたというのに・・・」
「なんだと?パラ?パラパラ?」
永倉が、おれに視線を送ってきた。
「パ・ラ・ダ・イ・ス、です。天国、ああ、極楽のようなものです」
おれはおかしかった。実際、くすくす笑いながら永倉にパラダイスの意味を教えた。
「極楽だぁ?坂井、おめぇが極楽なんぞにいけると思ってんのか、ええ?てめぇのゆきつくさきは、地獄にきまってるだろうが」
「新八、相手にするな。こいつも気の毒なんだよ。こいつのいうパラダイスとやらですごしていたはずの相手が、地獄からやってきた鬼にかっさらわれちまったんだからな。まぁおれも、かっときてぶん殴っちまったが」
原田だ。
かれは、そう説明してから「くくく」、とめちゃ悪意ある笑声をあげた。
いまの原田の「鬼」って、比喩表現ではなくリアルな鬼の意味なのか?
つまり、「鬼の副長」ってこと?
「坂井君、酒をとりにきたのか?」
その冷静すぎる問い。
もちろん、いつもわが道を驀進する俊冬だ。
全員、いや、その弟以外が驚異の瞳でみ護るなか、俊冬は坂井の近間をおかし、その胸元から盆をとり、卓へと運ぶ。
「おあそびはしまいだ、坂井君。宴はおわった。きみも、先生同様薩摩から身を隠す必要があるであろう?」
俊冬のいうとおりだ。
坂井は、もともと薩摩の間者の一人だったのである。
「先生のご無事を、花香殿も案じておるはず。そろそろおかえしせねば。坂井君、先生をお護りするのだ。つぎはない。それを心せよ」
俊冬はゆっくり坂井にちかづくと、その耳になにかを囁いた。
残念ながら、なにをいったかはきこえなかった。
坂井の顔色がかわったのが、厨に一つだけある蝋燭のささやかな光のなかでもはっきりとわかった。
そのとき、奥のほうからどたどたと廊下を駆けてくる音がした。
「坂井君、坂井君、まだかね?わたし一人ではとても掌に負えぬ・・・」
あらわれたのは、局長だ。
ごつい顔にも体にも、困り果てた感満載のオーラをだしまくりながら・・・。