腐隊士
「おいっ大事ないのか、俊冬?」
永倉がおそるおそる尋ねている。
「おねぇの着物が・・・。これはもういかように繕おうと、どにもできぬやもしれぬ・・・」
「兄上、似たような生地を買い求め、仕立て直したほうが・・・」
「いや、おまえらそうじゃなくって・・・」
永倉が双子に突っ込みを入れる横で、原田が嬉々としてかぶせる。
「おまえら兄弟、針仕事もできるのか?」
「いやっ左之、そんなことはどうでも・・・」
「われら、着物でも浴衣でもなんでも仕立てますぞ。これは義母直伝、原田先生も繕い物があればぜひに。ああ、これは失礼。奥方がいらっしゃいましたな」
「いやぁ、おまさはさすがに仕立てまでは・・・」
「おまえら、いい加減にしろっ!」
「しーっ!」
永倉の怒鳴り声に、おれたちはいっせいに口のまえに指を一本たて、だめだしをする。
「大丈夫なようだな、その調子なら」
「無論。大石先生方を傷つけぬよういたしましたからな」
「いや、そうじゃねぇ。あいつならどどうでもいい。なんなら、いっそ相討ちにしてくれてもよかったくらいだ」
永倉のぷりぷりしている要因は、どうやら大石の態度にあるようだ。
「鎖帷子は、人間の肉をたつのとはまったく感触が異なります。日中、お会いしたときに腕前のほどはわかりましたので」
月光の下、白い歯がみえた。
「人間を斬る興奮に酔いしれていても、肉を斬る感覚もわからぬほどの腕前というわけです。失礼ながら、本物の暗殺者にはなりえぬ御仁、というわけです。そうでしょう、斎藤先生?」
どういう意味かはかりかねているところに、俊冬はつづける。
俊冬は、そういいながら血みどろの着物のまえをはだけてみせた。
血にまみれた鎖帷子が・・・。
「連中、屯所に戻って過剰に刃毀れしているのをみても、なんの疑問ももたぬであろう」
斎藤もまた、いつものように爽やかな笑みを浮かべている。
着物や袴のいたるところに血がついている。もちろん、おれもだ。
双子がもたせてくれた血糊である。
豚の腸でできた袋に入った血糊・・・。
なんの血なのか、きくきにはなれない。においを嗅ぐ気にもなれない。
「それにしても、こんだけ華奢な体躯でよく刀が振れるな」
原田だ。
斎藤から視線を移すと、俊冬のまえにたち、鎖帷子の上から触りまくっている。
「ゆえに、おねぇも愛でてくれるのです」
「おれも好みだぞ」
力いっぱいひくおれたち・・・。
「お触り禁止、と申しておる」
「ひいいぐぐぐぐ・・・」
背後から相棒の代弁者たる俊春に囁かれ、おれはあげそうになった悲鳴をかろうじて呑み込んだ。
「山崎先生が死体の準備をしてくれる。晒すらしい」
さあ、戻ろう、と血まみれの俊冬。
「兄上、お触り禁止、とはなんでしょうな?」
とは、俊春。
おねぇもまた、その生命を繋ぎとめたということなのか・・・。
密会場所へと戻りながら、正直、おれにはまだ実感はない。
否が応でも緊張感がます。いよいよもって副長に会えるのだ。
昨夜の出来事がすべて夢落ちでないかぎり、副長はおねぇといったいなにをしているのか・・・。
いや、これがBLファンだったら、あーいうことやこーいうことを想像するに違いない。いや、BLにさほど造詣のない者でも、多少なりともそっち系のほうで妄想を膨らませるはずだ。
ゆえに怖ろしすぎる・・・。
俊冬が副長に口移しで惚れる媚薬を、俊春がその反対におねぇにその気を萎えさせる媚薬を、それぞれ与えているという。
ならば、副長が攻めでおねぇが受け?
そうなのか?
いやまて、おれ。なにゆえBLで話をすすめている?
もしかしたら、差し向かいで政について談じているかもしれないではないか。
あるいは、国内外の情勢について。
「役立たず腐隊士、と申しておる」
「ほええぐぐぐ・・・」
またしても背後から囁いてくる、相棒の代弁者俊春。
悲鳴をあげそうになったところを、俊春の三本しか指の掌がおれの口を閉じた。
「近所迷惑だ」
もう戻ってきていた。
おれたちは順に木戸をくぐった。
「兄上、腐隊士とはなんでしょう?麩菓子のようなものでしょうか」
俊春が尋ねている。
麩菓子・・・。昭和時代の駄菓子だったろうか。すでにこの時代にあったのか・・・。
いいや、そもそもそこじゃない。
相棒よ、おれのことでいいことは一つも思わないんだな?
おれは、木戸をくぐりながら左うしろからついてくる相棒を睨みつけた。
役立たずだけでもひどいのに、腐隊士だって?
おれははまっていない。断じてはまってなどいない。
役立たずよりも腐隊士のことを、取り繕おうとしている自分が情けない。