藤堂平助
それは、取り決められた叩き方であった。
副長の息のかかった者、ということである。
それでも警戒はする。
玄関の木戸をわずかに開けると、夜の闇に紛れるように斎藤が佇んでいる。
この夜は曇り空である。
別宅は、ほかの家より入り込んだ辻にある。そして、おもてに灯火をいっさい置いていない。まったくの暗がりになっている。
最初に会ってから、副長との繋ぎで斎藤に何度か会っている。
相棒にも何度か会わせた。
危急の際に、斎藤と遣り取りができるように、と思ったからである。
斎藤は油断なく左右をみまわすと、なかに入る。ろ
同道者を伴って・・・。
「平助?」
副長が呟く。
意外そうに。
斎藤に会った際、かれとも何度か会っている。
もちろん、新撰組の隊士で一風かわった狼犬を連れている、という程度にしか紹介されなかったし、おれ自身もあたり障りのないことしか告げていない。
「土方さん、お久しぶりです」
藤堂は、まだ若い。
といっても、斎藤や沖田と同年齢である。
かれもまた、アイドル系の顔立ちである。つまり、イケメンだ。
藤堂平助。
新撰組の元幹部。局長の道場「試衛館」に、永倉や原田、そして、斎藤らとともに食客として住みついていた仲間の一人。
北辰一刀流の遣い手である。
新撰組時代には「魁先生」という異名があり、つねに先陣をきっていたらしい。
元参謀の伊東は、同門の先輩である。その縁で、伊東を新撰組に誘ったのが藤堂である。
その所為かどうかはわからないが、伊東が離党する際に藤堂はついていった。
山南敬介のことでわだかまりがあったらしい、という噂をきいたし、その推測は現代にも残っている。
山南もまた、北辰一刀流の遣い手だ。しかも、皆伝の腕前。それが田舎道場に、食客として転がり込んだ。
webなどでは、近藤の人となりに惚れ込んだ、などと記述されている。おそらく、その通りなのであろう。
局長には、他者を惹きつけるカリスマ性があるのだから。
その山南が切腹した。脱走したのである。追っ手となった沖田に大津で捕らえられ、屯所に連れ戻された。そして、その沖田の介錯で切腹した。
これらは、藤堂が江戸で隊士を徴募しているときに起こった事件である。
山南の脱走、そして切腹はいまだになぜ?とその理由には諸説がある。
山南には、好いた芸妓がいた。
その芸妓の為という説、副長との不和説、それよりまえに隊務中に負傷した。思うように治らなかった。その負傷による説、新撰組の政治色が当初のものとは異なったことによる説、とされている。
だが、ことの真偽はだれにもわかっていない。
おそらく、局長や副長ですら・・・。
藤堂は、山南の弟弟子である。そうとう懐いていたらしい。
その死を淡々としらされれば、ショックであろう。
しかも、脱走の上切腹、という理由なのである。
いろいろ想像したであろう。推測したであろう。
その結果が離党であり、昔からの仲間ではなく、同門の先輩を選んだということか。
その藤堂が、あらわれたのである。
副長が驚くのも無理はない。
「急ぎ、伝えたいことが・・・」
平静を保つよう努力していることがうかがえる副長に、斎藤がそっと耳打ちする。
自身の懐刀が危険を顧みず、同道させたのである。
副長は、よほどのことに違いないと判断したのであろう。
「兎に角、上がれ」
そうぶっきらぼうに告げると、奥へさっさとあるいていってしまう。
慌てて追いかける。