「兼定」と沢庵
刑事長は、ビニール袋から手際よく長細いものを取り出すと封を切った。
「かまわないだろう?」おれのほうをちらりとみて許可を求めてきたが、返事はわかっている。
「待て、だぞ・・・。ご褒美だ。よしっ」
同時にそのビニールの袋から細長い物体を宙に放った。黄色い液体をまき散らせながら宙を舞うそれを、相棒は跳躍一番しっかりと口に銜えた。
おれは、相棒専用のブリキ製の皿を持ってきてやって脚許に置いてやった。すると相棒は口に銜えたものを皿の上に置いてからあらためてがっついた。
独特のにおいがおれの鼻をくすぐる。黄色いそれは相棒の大好物。
沢庵・・・。犬にとってはきっとよくないであろうそれは、相棒の極上の餌なのだ。
「そらっ」刑事長はおれにも放ってよこした。おれの掌中に収まったそれはひどく冷たかった。
エナジードリンクだった。
「ありがとうございます。あー、刑事長、せっかくですがおれは現在の状況を気に入っています。相棒とコンビを解消するつもりもありません。それと剣のほうも現在は居合のほうで満足しています。いまさら全国大会でどうのこうの、という体力も残っていませんし」
いわれる前に先手をうっておいた。再三再四誘われていたのだ。
捜査一課に戻ってくること、それから再び竹刀を握って全国優勝を目指しては、ということだ。
どちらもいまのおれには荷が重すぎる。それらをするにはいまのおれでは精神的にも肉体的にも厳しい
だろう。
「そうか・・・」刑事長もおれに変心がないことはわかっている。が、毎回尋ねずにはいられないようだ。そして諦めきれないのだ。親父の部下だった刑事長は、親父に義理立てしているに違いない。
「まっ、いまはここがおまえの居場所なんだろう。今後、もしも気がかわったとしたらいつでもいってくれ。おまえの居場所はここだけじゃないってことを覚えておいてくれ、いいな?」
刑事長はおれに近づくとおれの肩をぽんと叩いた。
「兼定、こいつのことを頼んだぞ」それから相棒のほうを向いて笑いながらいった。
「ウオンッ!」相棒が小さく吠えた。
「それにしても、直轄犬の多くがご大層な洋物の名が多いのに『兼定』とはおまえらしいな」
「おれの一番好きな刀です。っていうよりかはそれを遣った土方歳三を尊敬しています。沢庵が好きなところなどそっくりです、相棒は」
「それに、親父さんの形見でもある」
刑事長がおれの腰の得物を指さして笑った。
そう、おれが『兼定』好きの一番の理由が同じ剣士だった親父の形見であるからだ。
正確には二代目兼定作、『之定』として有名な業物だ。
おれは『兼定』こそがあらゆる業物の中で一番好きなのだ。
そして、その遣い手として明智光秀や柴田勝家、黒田長政、細川忠興などと有名な武将がいるが、そのなかでもおれは土方歳三と桐野利秋が大好きだ。新選組の「鬼の副長」に薩摩の「人斬り半次郎」。幕末期に対極にあった二名であるが、おれはそれぞれの信念や生き方を尊敬している。
犬のくせに沢庵好きの相棒の名を『兼定』にしたのも、「鬼の副長」の沢庵好きなところも含めそういったさまざまな理由からである。
「絶対に体に悪いと思うぞ、相棒?」
刑事長が去った後、大好物を堪能してお座りして大欠伸をしている相棒にいうと、相棒はいつものように眉間に皺を寄せて「ふんっ」と鼻を鳴らしただけだった。
「鬼の副長」もきっとこんな感じだったのだろう。