おねぇ 死闘からの壮絶死
構えだけではない。
俊冬のみようみ真似の北辰一刀流は、坂本を彷彿とさせる剣筋だ。
しかも相手にあてぬよう、力をセーブしている。
レベルを落としての北辰一刀流、といっていいかもしれない。
どこからどうみてもおねぇだ。
刺客たちは、微塵も疑ってはいないだろう。
大石などは、この頭巾の下にある顔が、屯所で自分の脚に寒鰤を落とした賄人のものであるということをしったら卒倒するに違いない。
おねぇの奮闘ぶりも、時間が経つにつれ勢いがなくなってきた。
刺客たちの繰りだす兇刃は、おねぇの羽織を、袴を裂いてゆく。
それもまた、ぜつみょうに斬り裂かされている。
おねぇが背を向け、駆けだした。
本光寺はすぐそこである。
つかれからか、あるいは傷ついたからか、脚がもつれ、ほうほうのていだ。
刺客たちの兇刃は、ついにおねえの肉を捕らえた。
血しぶきがあがる。
それが、路地から路地へと移動しているおれにもみえた。
刺客たちの息遣いと兇刃が空を裂く音だけがきこえる。
「奸賊ばらめがっ!」
その言葉が、夜の町にとどろいた。
悔しさ、無念さ、怒り、そういったものがないまぜになったような、そんな咆哮だ。
ドラマチックなこの場面は、おねぇ本人でもこうまでうまくできないだろう。
大河ドラマでは、殺され方があっけなかった。背後からぶすり、だ。
演じた俳優はさすがの演技力だったが、正直、こっちのほうがみごたえ抜群である。
俊冬が演じるおねぇだからこそ、か。
「伊東甲子太郎 暗殺!」
「伊東甲子太郎 油小路に死す!」
「死闘!伊東甲子太郎」
サブタイトルが浮かんでは消えてゆく。
視聴率も10%台は期待できるかも、である。
本光寺のまんまえで、幾つもの兇刃をその身に受けつつゆっくりとくず折れてゆく。
おれはそれを、どきどきしながらみ護っていた。路地に隠れることも忘れて・・・。
斎藤もまた、おれの隣でおなじようにみている。
相棒がおれの左脚を鼻で突っつくまで、その壮絶な場面に酔いしれていた。
みると、俊春が向こうの路地から合図を送ってきている。
相棒は、その俊春の動きに気がついたのだ。
俊春は、斎藤とおれが気がつくや否や駆けだした。
駆けながら、腰のなまくらを抜き放つ。
「先生っ、先生っ、伊東先生っ!くそっ新撰組めっ、卑怯なり!」
俊春演じる藤堂の、悲痛なまでの叫びが耳をうつ。
俊春の演技もまた完璧だ。まさしく藤堂。
どうやったらここまで似せられるのだろうというくらい、声も口調もそっくりだ。
「驚くのも飽きた」
斎藤だ。いまはその顔に白菊ではなく、苦笑が浮かんでいる。
「ゆこう。死んだふりのところを斬り刻まれれば、さしもの俊冬もただではすむまい・・・。否、かれなら妖や死人もやっていた、といいそうであるがな」
斎藤は、自分でいって自分で笑った。
おれも同感だ。
「飼っていても平気なようであるし・・・」
つづけられた言。
え?
まさか「ホーンテッドハウス」のことか?
斎藤と瞳があった。
「あまり気味のいいものではない。さぁ参るぞっ」
斎藤は呟くなり、くるりと背を向け駆けだした。
「相棒、ここでまて」
おれは、相棒に指示した。
ん?おれはどちらをするのだったか?
服部役にしろ毛内役にしろ、相棒を連れていたらばれてしまう。
相棒が指示どおりその場に伏せたところで、おれも駆けだした。
すでに藤堂役の俊春は、大石らと対峙している。
通りのはるか向こうに、複数人がこちらへ駆けてくるのがみえた。
「先生の仇っ、いざっ勝負」
鶺鴒の構え。
藤堂は、大石ら七人に取り囲まれても一歩も退かず、健気に仇を討とうとしている。
その足許には、血まみれになった肉塊が転がっている。
おねぇ壮絶死。享年三十二歳・・・。
というか、俊冬は大丈夫なのか・・・。