緊迫の暗殺シーン
二人はすでに取り囲まれていた。
二人とは、おねぇとその小者のことである。
そして、取り囲んでいるのは新撰組でNO.1人斬りを自称する大石と、その他大勢だ。
「御陵衛士の伊東だな?」
抜き身を正眼に構え、やる気満々の大石の大音声。
人々が眠る深更とはいえ、3km四方に響き渡っただろう。
七名。遠巻きに取り囲んでいる。
しかも、大石の立ち位置は、暗殺の標的、つまり、おねぇの背後だ。
おれの横で、斎藤がちいさく笑った。
「わたしも糞みたいなやつだが、あれはさらに糞だな」
斎藤は、そう呟いてからまたちいさく笑った。
斎藤は命じられて暗殺をおこなうが、相手を背後から襲うようなことはしないはずだ。
「ええ、御陵衛士隊長の伊東甲子太郎です。あなたがたは?新撰組ですね」
おねぇはあゆみをとめて振り返ると、堂々と刺客たちをみまわした。その隣で、小者役の藤堂が小柄な体をよりいっそうちいさくし、ぶるぶる震えている。
掌にもつ提灯の灯りが、小刻みに揺れている。
「ふんっ、それは関係ない。関係あるのは、あんたが伊東甲子太郎かそうでないかってことだ」
「まぁっ!もてる男はつらいですわね。それで、あなたたちは?あらかた、土方君の差し金でしょう?ほろ酔い気分が台無しですわ。たしょう美酒にすぎたところで、わたしを殺せるとでも?あなたたちが?」
甲高い声もまたよく響く。
それにしてもすごすぎる。あれはもう、おねぇそのものだ。おねぇがいいそうな嫌味を、緊張満ちる通りにぽんぽんと吐きだしてゆく。
その軽快すぎる毒舌に、大石だけでなく刺客全員が鼻白んだ。
その場でかたまってしまっている。
その瞬間、おねぇが傍の小者を突き飛ばした。不意打ちを喰らった小者は、不様にも包囲網の外へと吹っ飛び、尻餅ついてしまう。その拍子に、小者の掌にあった提灯が地面に落ち、そのまま燃えてしまった。
通りが暗くなり、天然の淡い光だけになる。
「先にゆきなさい。まちあわせをしている藤堂君たちを、呼んでくるのです」
「し、しかし、先生っ」
小者の動揺した声音が、刺客たちの殺気を炸裂させた。
「死んでもらうぞっ、伊東っ!」
「はやくなさいっ!」
おねぇの叫びと、白刃の軌跡が同時であった。
小者は、両脚をもつれさせながら狭い路地へと駆け去ってゆく。
その路地に、俊春が潜んでいる。双子の策は完璧だ。そして、フォロー態勢も。
おれの話しで、万が一にも藤堂になにかあってはと、すぐちかくで気配をたった俊春が控えているのだ。
「嘘であろう?」
斎藤の呆然というか驚きというか、そんな呟きがきこえてきた。
藤堂が逃げ込んだ路地から通りへと、視線を戻す。
七つの殺気。振るわれる七本の太刀。
俊冬は、兇刃を紙一重でかわしている。それは、俊春にも劣らぬ舞いだ。
夜目のきくおれには、天然の光源で充分細部までみることができる。
奇抜な羽織が、未開のジャングルの大型の蝶のごとく優雅に舞っている。それはそれは美しい。ブロードウエイのダンサーにも劣らぬだろう。
刺客たちの兇刃は、いくら繰りだそうと空を斬るばかり。かれらの焦りがおれにも伝わってくる。
そしてついに・・・。
おねぇが抜いた。いや失礼。主語が抜けていた。もちろん、得物のことだ。
「濃州住志津三郎兼氏」だ。
一度では覚えきれそうにないし、早口言葉にもなりそうなネーミングだが、正宗十哲の一人である志津三郎兼氏の作である。
ただし、それはいま本物のおねぇが所持しているのであって、ここにいるおねぇの掌にあるのはなまくらだ。
鶺鴒の構え・・・。
さきほど、局長に「みようみ真似で北辰一刀流を遣える」、といっていたのを思いだした。
「これもまた見事だな。まるで坂本をみているようだ」
またしても斎藤の呟き。
おれも同感だ。
黒谷での坂本の一戦。あれが脳裏に鮮烈に浮かんだ。
刺客たちの刹那の躊躇。が、数にものをいわせ、大石が率先してじりじりと間合いを詰めてゆく。
一対一の勝負だったら、絶対にこうはゆかないだろう。
おれはこの緊迫の暗殺シーンに、いつの間にか拳を握りしめていた。