表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

297/1255

緊迫の暗殺シーン

 二人はすでに取り囲まれていた。


 二人とは、おねぇとその小者のことである。

 そして、取り囲んでいるのは新撰組うちでNO.1人斬りを自称する大石と、その他大勢だ。


「御陵衛士の伊東だな?」

 抜き身を正眼に構え、やる気満々の大石の大音声。


 人々が眠る深更とはいえ、3km四方に響き渡っただろう。


 七名。遠巻きに取り囲んでいる。

 しかも、大石の立ち位置は、暗殺の標的、つまり、おねぇの背後だ。


 おれの横で、斎藤がちいさく笑った。


「わたしも糞みたいなやつだが、あれはさらに糞だな」

 斎藤は、そう呟いてからまたちいさく笑った。


 斎藤は命じられて暗殺をおこなうが、相手を背後から襲うようなことはしないはずだ。


「ええ、御陵衛士隊長の伊東甲子太郎です。あなたがたは?新撰組ですね」

 おねぇはあゆみをとめて振り返ると、堂々と刺客たちをみまわした。その隣で、小者役の藤堂が小柄な体をよりいっそうちいさくし、ぶるぶる震えている。


 掌にもつ提灯の灯りが、小刻みに揺れている。


「ふんっ、それは関係ない。関係あるのは、あんたが伊東甲子太郎かそうでないかってことだ」

「まぁっ!もてる男はつらいですわね。それで、あなたたちは?あらかた、土方君の差し金でしょう?ほろ酔い気分が台無しですわ。たしょう美酒にすぎたところで、わたしを殺せるとでも?あなたたちが?」

 甲高い声もまたよく響く。


 それにしてもすごすぎる。あれはもう、おねぇそのものだ。おねぇがいいそうな嫌味を、緊張満ちる通りにぽんぽんと吐きだしてゆく。


 その軽快すぎる毒舌に、大石だけでなく刺客全員が鼻白んだ。

 その場でかたまってしまっている。


 その瞬間、おねぇが傍の小者を突き飛ばした。不意打ちを喰らった小者は、不様にも包囲網の外へと吹っ飛び、尻餅ついてしまう。その拍子に、小者の掌にあった提灯が地面に落ち、そのまま燃えてしまった。

 通りが暗くなり、天然の淡い光だけになる。


「先にゆきなさい。まちあわせをしている藤堂君たちを、呼んでくるのです」

「し、しかし、先生っ」

 小者の動揺した声音が、刺客たちの殺気を炸裂させた。


「死んでもらうぞっ、伊東っ!」

「はやくなさいっ!」

 おねぇの叫びと、白刃の軌跡が同時であった。


 小者は、両脚をもつれさせながら狭い路地へと駆け去ってゆく。


 その路地に、俊春が潜んでいる。双子の策は完璧だ。そして、フォロー態勢も。


 おれの話しで、万が一にも藤堂になにかあってはと、すぐちかくで気配をたった俊春が控えているのだ。


「嘘であろう?」

 斎藤の呆然というか驚きというか、そんな呟きがきこえてきた。


 藤堂が逃げ込んだ路地から通りへと、視線を戻す。

 

 七つの殺気。振るわれる七本の太刀。


 俊冬は、兇刃を紙一重でかわしている。それは、俊春にも劣らぬ舞いだ。

 夜目のきくおれには、天然の光源で充分細部までみることができる。


 奇抜な羽織が、未開のジャングルの大型の蝶のごとく優雅に舞っている。それはそれは美しい。ブロードウエイのダンサーにも劣らぬだろう。


 刺客たちの兇刃は、いくら繰りだそうと空を斬るばかり。かれらの焦りがおれにも伝わってくる。

 そしてついに・・・。


 おねぇが抜いた。いや失礼。主語が抜けていた。もちろん、得物のことだ。


濃州住志津三郎兼氏のうしゅうじゅうしずさぶろうかねうじ」だ。


 一度では覚えきれそうにないし、早口言葉にもなりそうなネーミングだが、正宗十哲の一人である志津三郎兼氏しずさぶろうかねうじの作である。


 ただし、それはいま本物のおねぇが所持しているのであって、ここにいるおねぇの掌にあるのはなまくらだ。


 鶺鴒の構え・・・。

 さきほど、局長に「みようみ真似で北辰一刀流を遣える」、といっていたのを思いだした。


「これもまた見事だな。まるで坂本をみているようだ」

 またしても斎藤の呟き。

 おれも同感だ。


 黒谷あいづでの坂本の一戦。あれが脳裏に鮮烈に浮かんだ。


 刺客たちの刹那の躊躇。が、数にものをいわせ、大石が率先してじりじりと間合いを詰めてゆく。


 一対一サシの勝負だったら、絶対にこうはゆかないだろう。


 おれはこの緊迫の暗殺シーンに、いつの間にか拳を握りしめていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ