観相師と犬猫派談義
「俊冬殿、二人が、いえ、藤堂先生も含め三人が死ぬとどうしてわかったのです?」
両膝を折って提灯に火を入れ準備をしている俊冬に、尋ねてみた。
永倉と原田はいない。山崎が連れてくる自分たちの手下と合流するのだ。そして、おれたちと一戦交えることになる。
俊冬は、五本あるほうの掌で提灯のもち掌を掴むとたちあがった。
「ただなんとなく」
まずはそうきた。
おれがいい返してやろうと口を開きかけると、四本しか指のないほうの掌が上がり制された。
「夕刻、屯所のまえでかれらと話をしたであろう?面倒だったのでわたしたちは隠れてみていたが、おぬしの表情や気がただごとではなかったこと、それとなにより、かれらに死相がでていた。それは藤堂先生も同様。斎藤先生とさきほどの家にやってこられたときに死相がでていた」
囁き声も、この静寂のなかではおおきすぎるほどだ。
「え?わたしに?」
藤堂は、掌で自分の顔を撫でた。
かれは、急遽おねぇの小者の役をすることになった。俊春のかわりである。
俊春は、予備の頭巾を準備していた。さすがである。
ターゲットがおねぇとはいえ、大石ら暗殺グループは目撃者も消すだろう。
そうそうに提灯の灯を消し暗くしてしまい、取り囲まれるまえに逃げだす。
そのまま高台寺に危急を報せにはしるていを装うのだ。
「われらは観相師もやっていた。われらのみたては百発百中・・・」
「そんなものまでやってたのですか?」
おれは、おもわずかぶせてしまった。
もはやアメージング。化けるだけでなく、それぞれプロの域までやりこなせるとは。
「案ずるな。いまはもうみえぬ。三人からそれは消えている。すなわち、文字通り命運がかわったのだ。さて藤堂先生、参りましょうか」
俊冬は、掌にある提灯のもち掌を藤堂にさしだした。
藤堂が心からほっとしたような表情でそれを受け取る。
その空いた掌がおれの肩を叩いた。
「さぁて、大石先生の腕のみせどころ。しっかりとみさせていただきましょうか」
男前に不敵な笑みが浮かんだのもつかの間、それはすぐに頭巾でみえなくなってしまった。
通りを千鳥足であゆむおねぇ。その足許を照らす提灯の灯りは、まるで蛍のようだ。
斎藤とおれは、気配が感じられぬであろうぎりぎりの路地までこそこそ移動し、その民家の陰に身を潜めた。
「副長は無事なのですよね、斎藤先生?」
おれは、かぎりなく声を潜めてきいた。
斎藤は、おねぇ役の俊冬と小者役の藤堂からおれへと視線を移した。
路地の暗がりに、斎藤の白い歯がまるで白菊のように咲いた。
「しらぬ」
一語。
斎藤は、会話術というものをしらぬのか?これではコミュニケーションがとりづらい。
「だって、一緒の家にいたのでしょう?」
おれの突っ込みに、斎藤がさらに笑みを閃かせた。
「わたしと平助がついたのは、おぬしらの参る直前だ。わたしは、さすがに御陵衛士の連中と顔をあわせずらいので、別室で左之さんとまっていた。左之さん曰く、副長は元気すぎるということだが・・・」
「そうですか・・・」
おれの落胆をよそに、斎藤が両膝を折って姿勢を低くし、おれの左足許で伏せている相棒の頭を撫でた。
おれに背を向け、視線はまた俊冬と藤堂へ向けている。
「わたしは自由気まま、身勝手な猫のほうが好きだったが、いまは犬のほうが好きだ」
「はい?」
突然の犬派猫派談義だ。
「わたしも双子とおなじで、いまは犬だ」
口中での呟きだったが、おれにははっきりとそうきこえた。
「信じるものの為に生命をかける、ことでしょうか?」
「ふふっ、わたしのことか?」
おれをみ上げた顔に、また白菊のような笑みが咲く。
「まさかわたしが猫好きだったということは、後世で有名なのかな?」
そこに白菊は咲いていない。
マジに尋ねている。
斎藤は、自分が会津の間者だということをしられているのかいないのか、を暗に尋ねているのだ。
「説が。かなり信憑性のある説です。ゆえに、おれもそう信じています。ですが、それを副長もご存知ではないのか、と?」
斎藤は、無言のまままた視線を通りへと戻した。掌はまだ相棒を撫でつづけている。
「奇縁で会津候に拾っていただいた。それより以前に、土方さんに拾ってもらった。どちらにも恩がある。土方さんの為に、会津候の依頼を受けたと申せば、それはいい訳になると思うか、主計?黒谷に報告はするが、いずれも土方さんの不利になるようなものではない」
「わかっています。それは、会津候も副長もわかっていらっしゃることかと」
しばしの沈黙。
そのことは、斎藤もわかっていることだ。
「此度は、まずかったようだがな。まさかかようなことになるとは思いもしなかった」
「ええ、それもわかっています。先生は、双子のことをおききおよびでしたか?」
また沈黙。
斎藤の掌は、いまは相棒の顎の下をかいてやっている。
夜目にも相棒が気持ちよさげな表情になっているのがわかった。
「噂は。いや、厳密にはそういう存在があるということか・・・。大藩をも消したり動かしたり、かようなこともできる、と。だが、まさかかような存在がわれわれのまえにあらわれ、すっとぼけた様子をしている、などとは・・・」
「副長に惚れこんだのだ、ときかされました。あなたとおなじように、斎藤先生」
こういえば、だれがそれをいったか、斎藤にはわかるはずだ。
「・・・。なるほど、その見立ては正しいのであろう。が、わたしには、副長だけでなくおぬしにも惚れこんでいるように感じられるがな。いや、わたしではなく双子のことだ」
え?
斎藤の言葉の意味をはかりかねてしまった。
「きたぞ」
だが、それも斎藤の緊張をはらんだ声で中断してしまった。