おねぇ最期の叫び それは「奸賊ばらっ!」
「だが、そうはならぬ。それをわれわれがかえる。すくなくとも、そうみせかける。で、あろう、主計?」
いつの間にか、俊冬が戻ってきていた。
「ときがない。参ろう」
俊冬は、藤堂の肩をぽんと叩いてからうながした。
藤堂は、顔を左右に思いっきり振った。それから、両掌で頬を叩いた。
ぱちんという音が、夜の京の町に響き渡る。
「死ぬものか・・・」
藤堂は、なにかがふっきれたようだ。
その呟きを残し、颯爽とあるきだす。
おれたちもそれにつづく。
「ところで主計、おねぇの辞世の句は残っているか?あるいは、死に際に残した言の葉は?」
「おねぇ自身の辞世の句はありません。それっぽいものはありますが・・・」
おれは、俊冬の背に答えた。
ちゃんとした辞世の句は残っていないはずだ。
そのまえに詠んだものがたしか・・・。
恋についてのものだ。
命を捨てたつもりだが、恋のためならどうのこうの、と・・・。
あぁそうそう、思いだした。
「あなたに一目逢うまでは、捨てたはずの命が惜しいと感じる。恋という気持ちこそが人の命だといえる・・・」
これだこれ。
意訳したものだが、これをwebでみたとき、だれにたいしてなのかと考えてしまった。そのときには、江戸にいる奥方か、京の情婦、すなわち花香さんのことかと思った。
いまにして思えば、これはまさか副長のことを・・・?
「句に関しては、山南さんが切腹した後に、山南さんを悼んで詠んだ句が有名ですね。それは、おれよりここにいらっしゃる四名のほうが詳しいかと思いますが」
おれは、視線を永倉、原田、藤堂、斎藤へ向けた。
が、四人が四人とも肩をすくめただけである。
「そんなことあったか?」「興味ねぇな」「わたしは京にいなかったから」「しらぬ」
それぞれの回答だ。
当事者たちより、webや本でみた後世のファンのほうが、よほどしってるってわけだ。
「あぁそうそう、もしかすると後世の創作ともいいきれないのですが、かなり信憑性のある言葉を残しています。暗殺者たちに襲われ、深手を負いながらも一太刀暗殺者に斬りつけ、「奸賊ばら」と叫んだそうです。そして、本光寺の門前で絶命します」
「奸賊ばら?どっちがだ」
永倉の心の声が、呟きとしてたしかにきこえた。
まぁまぁ、と藤堂がなだめにかかる。
「承知した。「奸賊ばら」、だな?力いっぱい叫ぼうではないか。ところで、斬られる役はわたしだけではない。俊春」
俊冬の不吉な言葉。
その嫌な予感しかしない言葉とともに、俊春が懐からさらなる頭巾をとりだし、おれと斎藤に渡してきた。
反射的に受け取ってしまったが、思わず斎藤と瞳を合わせてしまった。
斎藤は、あいかわらずさわやかな笑みを浮かべている。しかし、左右それぞれの瞳に、「?」と「!」とが浮かんでいる。
まえをあるく俊冬は、体ごと振り返った。そのまま後ろ向きにあるきながら、斎藤とおれをガン見してくる。
「ふむ・・・。どちらも小柄だな」
「いや俊冬、他人のこといえぬであろう?」
原田が突っ込んでくれた。
原田をのぞくと、おれたち全員五十歩百歩、あるいは目糞鼻糞的に小柄だ。
いや、これは原田の背が高すぎるのであって、おれたちはこの時代の平均身長だ。
「どちらがどちらをやる?」
「意味がわからぬが?」
俊冬の問いに、さわやかな笑みとともにぴしゃりと疑問を投げ返す斎藤。
「まさか、斎藤先生とおれとで服部さんと毛内さんの役を?」
おれがいうと、俊冬は両掌を軽く打ち合わせた。しかも、なよなよ感満載で。
それは、まさしくおねぇだ。
「まぁさすがね、主計。ご明察よ」
「わお、おねぇだ。そっくりじゃねぇか」
原田が呟いた。
俊冬は、なんでも完璧だ。物真似がじつにうまい。うますぎて気味が悪い。
「幕末杯 ものまね決定戦」が開催されたら、だんとつの一位間違いなし、だ。
「そこは二人で決めてちょうだい。本来なら、藤堂先生の役はご自身でと思っていたけれど、そういう経緯があるのなら、それはできないわね・・・。俊春、あなたがやりなさい。わたしは一人で大丈夫だから。さあっこのあたりからね」
俊冬の絶妙な物真似に、ついに永倉がふきだした。つられて原田、それから藤堂に斎藤までわらいだした。おれも、である。
ついでに相棒も、「ケンOン」笑いをしている。
おれたちは、いったん油小路より離れた。
そこから、それぞれの役回りにあった場所へと散った。