身がわりとわだかまり
「山崎君、別働隊と死体のことを頼む」
局長がいっていた。山崎が無言で頷き了承し、そのまま局長に一礼した。
それからかれもまた、裏木戸からでていった。
みると、また双子が消えていた。が、すぐに裏口からでてきた。
二人とも着物に袴姿だ。しかも、俊冬はおねぇの格好だ。おそらく、一式借りたのだろう。
ちゃんとあのど派手な羽織も着用している。
俊春は、自分の着物袴だ。
そして、掌には頭巾が。
時代劇で、お偉いさんが自分の刀の斬れ味を試す為に夜な夜な辻斬りをするときか、悪い商人の接待を受ける為、揚屋に向かうときにかぶる、あの頭巾を握っている。
「誠に身代わりを?危険ではないかね?」
「そうだよ、大石とはほとんどつきあいがなかったからよくしらないが、先生のかわりに斬られるって・・・」
局長と藤堂が同時にいった。
俊冬の男前の顔に、苦笑が浮かんだ。
「お案じ召さるな。わたしも弟も、大石先生たち刺客を傷つけることはいたしませぬ」
「いや、そうではなく」
局長は、おおきな掌で俊冬と俊春の肩をそれぞれがっしりと掴んだ。
「ああ、わたしは北辰一刀流をみようみ真似ですが遣えます」
「いや、そうじゃなくって・・・」
藤堂だ。
「あぁばれぬよう、派手に斬られるつもりです」
「いいや、そうじゃないだろう」
ついに全員が、俊春をのぞいてだが、叫んた。
「どういうことなんだ、派手に斬られるって?なにゆえ、俊冬がおねぇの身代わりに斬られるんだ、局長?」
険しい表情の永倉に詰め寄られ、局長の顔が力いっぱい困った表情にかわった。
「新八、暗殺は中止だ。おねぇは殺らぬ」
なんと、局長までおねぇよばわり・・・。
「なんだって?なにゆえ?芹澤さんは殺ったってのに、なにゆえおねぇは殺らねぇんだ?」
永倉の悲痛なまでの叫びだ。
かれが、芹澤を粛清したことにたいして、いついつまでもひきずっていることを実感した。
「新八、わかってくれ。なにも芹澤さんだから、おねぇだから、ではない。否、やはりそうなのかもしれぬな・・・」
局長は、真っ正直だ。嘘やごまかしが大嫌いだし、苦手でもある。
「わからんよ、近藤さん。おれは馬鹿だからわからん」
永倉は局長から身をひくと、がっくりと両肩を落とした。寂しげな、あるいは悲しげな笑みが浮かんでいる。
「永倉先生、あなたもおわかりのはずだ」
俊冬だ。
永倉が口唇を開きかけた。
「おまえらには関係ないだろう」、そういいかけたに違いない。が、俊冬は溜息まじりに、男前の相貌を左右に振った。
奇抜でど派手な羽織がよく似合っている。
「関係あったはずなのです。なぜなら、われらは二度、殺るよう命じられるはずでした。一度目は水戸で、二度目がこの京で。一度目は、おそらく、勘付いたのでしょう。捕縛、投獄で生をつなぐことができた。そして、ここでは内部粛清です。いずれも、われらの出番は失われました」
ええっ!
声にこそださなかったものの、おれも含め全員が心中で叫んだだろう。
「芹澤先生は、生き急いでいた。病のせいなのでしょうな、きっと。水戸でも京でも、ずいぶんと怯えた感じでした」
俊冬は、うつむいて唇を噛み締めている永倉の肩にそっと掌を置いた。
「名もなき暗殺者に、刹那以下の間に殺られることほど無念なことはない。われらには、芹澤さんは局長や副長にわざとそのきっかけを与えたように思えます。それは、武士として、漢として、立派な覚悟であり、士道にそったもの」
永倉は、なにも答えない。
頭のなかではわかっているのだろう。それでも、同門の先輩をなんの相談もなく殺られた、いや、その粛清するメンバーにいれてもらえなかったということがショックで、それがいまだにぬぐえないのだ。
たとえそれが、局長や副長の思いやりであったとしても・・・。
俊冬が永倉の耳朶に唇をよせた。
「同門の先輩をうったり殺ったりするのは許せぬ・・・。その想いを、藤堂先生にさせるおつもりか?」
かろうじてきこえてきた。
「すくなくとも、あなたはなにもしらなかった。関与もしなかった。が、藤堂先生はちがう。ここで同門の先輩が暗殺されれば、藤堂先生は一生そのことで苦しむことになる」
永倉が顔をあげた。俊冬をみる。
「そういうことです。藤堂先生の為に・・・」
うまいと思った。
そして、永倉ものせられているとわかっていても、ここは頷くしかない。
たった一つのわだかまり。
それが、永倉と局長たちとの間に、埋まらぬ溝をつくってしまったのだ。