非契約セキュリティーの家と非BL的要素
国道一号線を東に入ったすぐの通りが油の小路通りだ。
山崎が手配した家は、その油の小路通りの一角にあった。
ウイークリーレンタルなのか、あるいは日ごとに借りているのか、詳細はどうでもいいことだが、その家は平屋建てのこじんまりした一軒家だ。
玄関先から七条の辻がみえる。月の光の下、そこだけぽうっと明るくみえた。
本光寺という寺がそこにある。
そのまえで暗殺されるのだ。
ずっとさきには、「伊東甲子太郎外数名殉難之跡」という石碑をみることができる。
外数名というのが、藤堂平助、服部武雄、毛内有之助であることはいうまでもない。
俊冬は、表玄関を素通りし路地を曲がった。
おれたちも無言のままあとにづつく。
そして、家の壁にそってあるいてゆくと、小さな裏木戸があった。
俊冬は、その木戸を「こんこん」と二度つづけてたたいてから間をおき、また二度たたくということを三度くりかえした。
そうすると、内側からそれが開いた。
ホームセキュリティーはなさそうだ。カメラもセンサーもない。扉や窓が開けばキャッチされ、契約しているセキュリティー会社がソッコー出動してくることもない。
木戸を開けたのも、山崎だった。自動ではない。
ぞろぞろとなかに入る。
どうやら裏庭のようだ。
ちいさな庭だ。夜目にも、そこが殺風景であることがわかる。
「局長、おまちしておりました」
出迎えた山崎の言葉で、かれもまたこの一件に絡んでいることがわかった。
「うおっ!なにゆえ井上先生に永倉先生、それに主計までが?」
その言葉に、おれたちの同行が想定外だったことがしれた。
しかも、おれには「それに」までついていた。
「おおっ、平助、平助ではないか」
家屋のなかからだれかがでてきた。途端に、局長が興奮の叫びを上げる。同時に、鍛え上げたぶっとい腕が、左右に突きだされた。
左右に立っていた双子は、紙一重でその腕をかわした。
が、そのおかげで、突きだされた拳をまともに喰らってしまった。
右の頬にだ。
とっさに、左の頬も差しださねばならぬのか、という考えがよぎってしまう。
「どんくさいやつなだな、主計」
永倉だ。
永倉もまた、パンチを喰らいそうになったが、体をひらいて回避したのである。
「平助、よくぞ戻ってくれた」
でてきたのは、藤堂である。
藤堂まで絡んでいたのだ。
局長は藤堂に近寄ると、その小柄な体をがっしり抱きしめた。それからなんと、頬ずりしはじめた。
いや、くれぐれも誤解のないようにいっておこう。
そこに、BL的なものはない。微塵もない。
BL的に想像できるだろうか?
局長X副長であったり、局長X沖田であったり、というのを。
さらにいうなら、局長X井上・・・。
というどうでもいいことはおいておき、すくなくともいまのこの場面にはそういったものはない。
どちらかといえば、東京で俳優になる、歌手になるといってびだしていった息子が、心身ともに疲れ、ぼろぼろになって戻ってきた。昭和も高度成長期ごろまでの父親ではなく、バブリーな時代を経験した年代の父親で、そんな息子に戻ってきてくれたことにありがとうと感謝し、心から歓迎する。
ガスや電力会社のTVコマーシャルのショートストーリーっぽい、そんな感動的なシーンである。
「近藤さん、いたい、いたいよ」
藤堂は、局長の胸元で照れ臭そうに呟いている。が、その声は泣き声だ。
「平助、こいつ」
永倉もまた、藤堂の頭をぺしぺし叩き、親愛の情を、おそらくそうなのだろう、を示している。そして、その声は涙声だ。
そのとき、家屋からまだだれかでてきた。
二人だ。ちょうど月が雲に隠れ、その輪郭しかわからない。しばしの後、月がまた煌々と地上を照らした。
そのお陰で、でてきた二人がだれだかわかった。