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においフェチと褌

「相棒」

 兼定御殿のまえである。


 おれは相棒を座らせ、そのまえに腕組みして立っていた。


「これはもう、だれにも頼れない。おれたちは、おれたちにできることをやる」

 おれは、上から目線で告げた。

 これはなにも、「態度でかっ!」の意味にではない。文字通り、相棒をみおろしながらいっているという意味だ。


「つまりだ。いなくなった副長を、おれたちが探すんだ。そもそも、それがおれたちの天分だからな」

 自分でも熱い野郎だと自覚している。

 この熱意は、寒風吹きすさぶくそ寒いなかでもさめることはない、はずだ。

 ぜひとも、この熱意を相棒に伝え、思いを共有してほしかった。


「いま、利三郎が副長の身近なものをとりにいっている。それで臭跡をおこなうんだ」

 グーをつくり、おれは「金O先生」のごとく熱弁した。


 一瞬、みかんが食べたくなった。みかんのうまい時期だ。もちろん、腐ってないみかんだ。


 おれの視線のなかで、相棒の鼻面が横を向いた。それから、口吻がおおきく開いた。「ふわーっ」というふきだしがぴったりなほどおおきな欠伸を、よりにもよっておれがみ護るなか、相棒はしてのけた。


「な、なんてやつだ。それが警察犬のすることか?ええ?」

 ショックのあまり、おれのグーはきつく握りしめすぎて白くなった。


「おい主計、もってきてやったぞ」

 野村ののんびりした声も、おれのショックを軽減してくれやしない。


 ショック覚めやらぬおれ、それからまだ欠伸をしたりないのか、口吻をハムハムしている相棒の視線のなか、野村は建物の角を曲がると小走りに駆けてきた。


 その右掌に、白い布らしきものを握って。


「ほら、もってきてやったぞ、主計。副長の・・・」

 そして、おれの近間をおかした位置で立ち止まる。


 息を弾ませながら、掌にある白いものを差しだしてきた。


「あぁありがとう、利三郎」

 うけとろうと、利き掌を差しだした。


「褌。これしかみつけられなかった」

 利三郎にはつづきがあった。


 そして、おれはそのワードをしっかりと脳のウエルニッケ領域に刻んだ。


「ふ、褌?」

 掌を止めてしまう。当然だ。


「ほら」

 野村は、おれの狼狽に気づいていない。左掌でおれの右掌を掴むと、自分の掌にあるものを無理矢理握らせてきた。


 野村の掌、とても温かい・・・。一瞬、先ほどの俊冬の掌と比較してしまった。なので、まんまとそれを掴まされてしまった。


「うわっ、なんで、なんで褌なんだよ、利三郎っ!」

 反射的にそれをはなしてしまいそうになった。が、野村の掌がおおいかぶさっていてできない。


「これしかなかったんだよ。まさか、副長の箪笥をひっかきまわすわけにはいかぬであろう?」

「それにしても、よりによって褌かぁ?」

 飲み屋のキャッシャーのまえで、奢る奢らぬを主張しあう酔っ払い同士のように、おれたちは副長の褌のおしつけあいをした。


 相棒をみ下ろした。

 わずかに口吻を開け、完璧なる「ウゲッ」という表情かお。絶対に嗅ぐものか、というオーラがでまくっている。


 いやまてよ・・・。土方歳三愛用の褌・・・。


 NETオークションに出品したら、いったいどれだけの値がつくだろう。もちろん、これの真贋を問われるだろう。


 白い布の端っこをみてみた。残念ながら、フェルトペンで「O年O組土方歳三」と書かれてない。


 そもそも、こんなものの真贋はどうやってみきわめるのか。

 刀剣、絵画、書、陶磁器、その他もろもろの歴史的価値の鑑定とは異なるのだろうか・・・。


 いや、そもそもそこじゃない。NETオークション云々のまえに、これが誠に土方歳三の褌だとしたら、ちゃんとした機関に寄贈すべきだ。ご子孫様の運営されている記念館だってある。

 歴史的重要文化財じゃないか・・・。


 おれは、そんなくだらないことを考えつつはっとした。


 なんと、無意識のうちに掌にあるその白い布を鼻にあて、においを嗅いでいたのだ。


「においフェチだ。超変態野郎め、と申しておる」

「Fuck youuuuuuu!」

 背後から囁かれ、おれはアメリカのB級映画にでてくるギャングみたいに叫んでしまった。


「なんだって?おれが匂いフェチ?相棒、だったらおまえはなんだ、ええ?」

 おれは、むっとして相棒を問い詰めていた。

 夕焼け空をみ上げる相棒。


「かあっ、かあっ」と数羽の鴉がおうちにかえってゆく。


「まてまて主計、おぬしにそういうがあったとはな・・・」

 神出鬼没の双子の兄俊冬。振り返ると、そこに男前のにやにや笑いがあった。


「物干しからもってきたんだ。におい残ってるか、主計?」

 野村の能天気な問いが、背にぶつかった。

「はあ?物干しから?洗濯済みのやつなのか?」

 呆れてものもいえぬ、とはこのことだ。


 いま一度嗅いでみた。たしかに、かすかだがお日様のにおいがする。


「どこのをとってきた、野村君?」

 俊冬がきいていた。


 たしかに、よく見分けがついたものだ。

 

 いや、いまさらだが、褌は自分で洗濯するものだ。すくなくとも、おれは自分で洗っている。


「一番右端のを」

「はは、残念だがそれは副長のではない」

「どうしてそんなことがわかるんです、双子先生?」


 いや、まて野村よ。だったら、おまえはなにゆえ一番右端が副長のだと確信した?

 おれは、心中で突っ込んだ。


「なぜなら、わたしが洗濯したからだ。ふふっ、右端のは違う者のだな」

「兄上、においフェチってなんでしょうか?」

 俊春が控えめに尋ねている。


「えー、違ったか・・・。絶対に副長のだと思ったんだがなぁ」

「ほしかったな、野村君。だが、いいところをいっている」


 野村、その根拠は? そして、俊冬、なにゆえあなたが洗濯を?


 そして、これは、これはいったいだれの褌なのか・・・。


 おれは、掌にある白い布をみおろした。よりにもよって、だれのかわからないものを二度も嗅いでしまった。


 いや相棒よ。おれは匂いフェチなどではない・・・。

 褌を握り締めながら、おれは断言するのだった。



「おや、局長がお戻りだ」

 双子は、同時に屯所の門のある方向をみた。そして、同時に呟いた。相棒もそちらをみている。


「野村君、ほかの洗濯物もとりこんでもらえないだろうか?」

 俊冬が振り向いてから頼んだ。

「えぇいいですよ、双子先生。ほら、返せよ主計」

 おれの掌からだれのものかわからぬ褌を奪うと、野村は背を向け去っていった。


「さて、夕餉の支度も終わった。主計、喰ってくるといい。おぉそうだ、兼定にもやろうな。会津の沢庵もたんと添えよう」

 俊春の言葉の後半部分に、相棒の興奮振りが充分伝わってきた。

 薄暮でも土煙がたっているのがわかるほど、尻尾が振られている。


「兄上、局長の出迎えを・・・」

 厳かに告げる弟に、無言で頷く俊冬。

 それから、双子は同時にあるきだした。屯所の門のある方向へと。


「ちょっと、ちょっと待ってください」

 相棒の綱を握ったまま、おれも慌てて追いかける。


 うざいと思っていたとしても、相棒もともにくるしかないわけだ。

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