食と笑いは大坂にあり
「あの、相馬先生、大丈夫でしたか?」
門をくぐろうとしたとき、門番の一人がきいてきた。
まだ最近入隊したばかりの若い隊士たちだ。
「ああ、大丈夫だった。そうそう、このことはみなかったことに。あとで副長からお叱りをうけないともかぎらないので」
おれはウインクしながらお願いした。すると、若い隊士たちはぶんぶんと顔を上下させた。真っ赤になっている。
おや?おれもたらしの仲間入りか?それほど魅力的だったか?おれは、ちょっとふふんとなった。
「たらし?ちゃうちゃう、副長っていうネーミングにびびっとんねん、と申しておる」
「Ohhhhhhhhhhhh!!」
外人がレンタル着物で京見物をしていて、舞妓さんに会ったときのように飛び上がってしまった。
さらに、さらにさらに背後から囁く、相棒の代弁者俊春。
相棒よ、関西弁でまくりだ。
「兄上、ネーミングとは?いったいなんでしょう」
俊春は、相棒の関西弁には頓着しないのか?
「おや?井上先生と野村君だ」
わが道をゆきまくる俊冬。
たしかに、建物のほうから井上と野村が駆けてくる。
いや、双子、神出鬼没すぎる。というか、あまりにも逃げ隠れがうますぎる。
「探していたのだぞ、三人とも。副長をみなかったか?どうも昨夜から戻っていないようだ」
井上の言葉は、おれを驚かせた。
「ええ?井上先生、マジです、いや、まことですか?」
おれは、つい大声をだしてしまった。
「しー」、と口のまえで指を一本たて、井上に注意される。
「おいおい主計、昨夜、副長と原田先生と連れ立ってでていったろう?」
野村だ。
こっそり部屋を抜けだしたつもりだったのに・・・。
まてよ。ということは、ちゃんと屯所をでて、三人で「角屋」にいったのは間違いないということか。
「いつのまにかおまえはもどってきて部屋で寝ていたが、副長は戻っていない・・・」
「戻ってきて他出したのではないのか、利三郎?」
おれは野村にかぶせ、そういい返していた。
そうであったのならいいのに、という願望を・・・。
「昨夜から今朝にかけ、門番は副長をみておらぬのだ。もっとも、副長は都合の悪いときには門はつかわぬので、それはあてにならぬが」
井上は、顎を陽にやけて真っ黒な掌でさすりながらいった。
「だが、戻っていないと断言できる。ああ、理由はきいてくれるな。これは、ずっとともにいる勘のようなものだ」
それから、そう付け足した。
そう、井上もまた副長とすごしてきた年月は半端ない。
行動パターン、生活様式、すべてわかっているのだろう。
だとしたら、副長はいったいどこに?おねぇもいなくなっているし・・・。
おれは、口の中で呟きながらうげっとなった。
「角屋」での前半部分がマジだったのなら、副長とおねぇは、あれからずっと一緒にいるってことなのか?ええ?そういうことに?
混乱しまくりだ。すでに自分ではどうしようもないところまできてしまっている。ゆえに、助けを求めるしかない。
そう、この二人に・・・。
「おやっ永倉先生、巡察、お疲れ様でございます」
双子は、おれの熱き視線をスルーし、門から颯爽と入ってきた二番組にお辞儀していた。
「おうっ!」
永倉は、おれたちをみると軽く掌をあげ応えた。
「よし、解散。青木、すまぬが不在の島田伍長にかわって日誌を記しておいてくれ。おれの活躍を記し忘れるなよ」
「ちゃいまんがな、日誌は伍長はんやのーて組長はんが記すもんや」
青木が即座に拒否った。大坂出身のおもろいやつである。
そういえば、大工の伊藤といい青木といい、大坂出身の隊士たちはめちゃくちゃ面白い。入隊試験にネタの披露でもあるのかと思えるほど、かれらのお笑いのレベルは高い。
山崎、そう、山崎も大坂だ。かれのおもしろさは、漫才師というよりかは天然のものだ。つまり、舞台上でというわけではなく、会話の端々、行動の要所要所に盛り込んでくる。
つまり、常日頃からマルチに面白いのだ。
お笑いは大坂にあり。
それに、大坂は喰い物もうまい。
食とお笑い四千年の歴史、といったところか・・・。
だれも突っ込んでくれないので、「あるかいっそんなもん」と自分で突っ込んでおこう。
「永倉先生、青木君の申す通りだ」
それをききとがめた実直な井上が横槍を入れた。
「せやろ、井上先生?ちゅーわけで、たのんまっせ、組長はん。ほな、さいなら」
青木は、ぽんぽんとたたみかけた。舞台の袖へひっこむがごとく駆け去ってゆく。
「なんでやねん!」
その背に、永倉の大坂弁による突っ込みがぶつかる。
大坂弁がうつりやすいことは、時代に問わず共通のあるあるだった・・・。
「それはそうと、新八、副長をみなかったか?」
井上は、声を潜め尋ねた。昔ながらの呼び方をつかって。
「ああ?土方さん?いいや・・・。なにかあったのか、源さん?」
永倉は、井上の様子になにか察したのだろう、やはり昔からの呼び方をつかい、そうきき返した。
「まったくもう、お二方はご存じなのでしょう?」
おれは、黙して語ろうとしない双子に、今度こそは白黒はっきりつけてやろうと思った。
振り向くと、漫画でよくある木枯らしが落ち葉を吹き飛ばしてるやつのように、だーれもいなかった。
またしても姿をくらましていた。
「ひゅるりらー」
木枯らしが、おれに世間の冷たさをしらせてくれた。
相棒が冷笑を浮かべたような、気がした。