めっちゃいい奴ら
「すまなかった、相馬君。われわれも、可能性のあるところすべてを探してまわっている。新撰組もそのうちの一つでね。きみのことは先生からよくきいていたもので、恥をしのんで尋ねささせてもらった」
服部・・・。
二天一流、剛毅無双の剣士でコミュ障っぽい宮本武蔵のイメージとはかけはなれた、社交的な男のようだ。
もっとも、宮本武蔵もじつは、おしゃべり好きの社交家だったかもしれないが・・・。
「こちらこそ、お役に立てず申し訳ありま・・・」
「相馬君、兼定は独逸の狼だってきいたのだが、狩りもするのかい?」
おれにかぶせ、毛内が尋ねてきた。
坂井のやつ、相棒をどんだけ凶暴な獣に仕立て上げたいのか・・・。
ガセネタをどれだけ拡散しているのか・・・。
炎上でもなんでもしちまいやがれ。
そんなおれの坂井へのつぶやきをよそに、毛内は相棒の顎の下をかきながらおれをみあげている。
う、白いうさぎすぎる・・・。これは、50コインくらいで購入できるのか?
「いえ、ドイツ原産ではありますが、狼ではありません。まぁもちろん、祖先は狼ですが。狩りもするかもしれませんが、もともと使役、つまり人間の手助けをさせる為に、犬種をかけあわせてつくられたものです」
「なんと・・・」
服部は、驚きの表情を浮かべた。あらためて相棒の頭を撫でる。
「人間が?つくる?人間は、そんなことができるほど偉いのか・・・?」
服部は、突然倫理をふりかざしてきた。
こういうことは、深みにはまると抜けだせなくなる。
それこそ、このあと陽が暮れてしまってもなお倫理観や宗教観を傾聴することになるかもしれない。
「昨日、阿部さんと内海さんに会っただろう?」
そして、わが道をゆくタイプの毛内。白いうさぎさんは、瞳をきらきらさせながらつづけた。
「兼定を借りたかったそうだよ。鳥撃ちに連れてゆきたかったらしい。しかし、天敵の原田君がいたので、きみにそれをきりだせなかったと。それどころか、触りたかったのに触れなかったと、悔しがっていた。とくに阿部さんは犬が大好きでね。まぁそれ以上に、原田君が苦手だということか」
「そうだったのですか?」
おれは思わず笑ってしまった。犬好きというところもだが、原田と天敵というところにも。
昨日のやりとりを思いだしてみると、たしかに水に油っぽい感じだった。
とくになにかがあった、というわけではないのかもしれない。
性格があわないとか、生理的に合わないとか、そういうことはあるあるだ。
「ジャーマン・シェパード・ドッグ、これが正式な名称です。知的で忠誠心・服従心が強く、訓練好きです。狩猟犬としても使用されるでしょうけど、ほかのおおくの狩猟犬と比較すれば、あまり向かないと思います」
「そうか・・・。たしかに、かしこそうだ。きっと、わたしより悧巧なのだろう。ははは、阿部さんに自慢してやろう。悔しがるにきまっている。ねぇ、服部さん?」
白いうさぎさんは、軽やかに立ち上がった。
「あの、遠縁の平助さんは元気でしょうか・・・」
おれはふと、藤堂のことを尋ねてみた。かれもまた、朝から姿をくらましている。そしていま、「ホーンテッドハウス」に隠れている。
「藤堂君?ああ、そうだったな。かれも別の方面を探しにでている。われわれもずっと他出しているので、高台寺をでてからはまだ会っていないが・・・」
服部が答えてくれた。
藤堂も含めたこの三人だ。この三人がこの夜、新撰組によって斬り刻まれる。肉体も精神も。
畜生、服部も毛内もめっちゃいいやつじゃないか・・・。
おれと相棒に掌を振りつつ去ってゆく二人の背をみながら、おれはすくなからず罪悪感にみまわれていた。
相棒の本来得意とするところを告げなかったからだ。
よくぞ二人がそのことに気がつかなかったな、と安堵しているということも。
犬が鼻で人を探す・・・。幕末では、さすがに思いいたらないかもしれない。だが、鼻で獲物を、たとえば動物を追うことは、猟師がおこなっていることだ。
結びつけることができなかったのか、あるいはそういう観念自体なかったのか・・・。
おれ自身、一瞬迷った。相棒の鼻をつかえば、と提案しようか。
だが、双子がかかわっている以上、踏み込むべきではないと判断した。
その判断が正しかったことが、この後すぐにわかった。