モテ期 きたーっ!?
「あの、もし・・・」
屯所の門がみえたころ、長屋の路地から声をかけられた。
暗がりからでてきたのは、小柄な女性だ。おれは、即座に観察した。
いや、いっておくが、副長や原田、それから世のおおくの男どもがするようなチェックではない。あくまでも、元警察官としての人間ウオッチングである。
いいわけはさておき、その女性は美人だ。清楚な美人というのだろうか。お美津さんのときに習ったように、髪をみた。
うう、わからない・・・。
丸髷が既婚女性。それは覚えている。だが、これが丸髷なのかどうかがさっぱりわからない・・・。
「うわー、きれいな人」
「ほんとだ、きれいなお姉さんだ」
「お姉さん、こんにちは」
おれがその女性のステイタスについて悩んでいる間に、子どもらが笑顔とともに声をかけていた。
ちょっとまてーーー!
おれは、衝撃とともに突っ込んでいた。もちろん、心の中でだ。
会津候や桑名少将にはあそこまで無礼なものいいだったのが、女性となると掌を返したようになっている。
「きれい」と「お姉さん」。この二大ワードは、初対面の女性に有効だということを、こんな年齢からわかってるというのか?これが現代っ子なら話はわかる。だが、この子たちは純朴なはずだ。すくなくとも、おれはそう信じている。
なのに、なのに・・・。
「お姉さん、みかけない顔だね?どうですか、屯所はすぐそこです。お茶でも呑んでゆきませんか?」
よりにもよってナンパしだす市村。
それは、いただいた刀料でまだ買い求めてもいない刀で、心臓を刺し貫かれたほど、おれにショックを与えた。
「やっやめないか、鉄っ!みずしらずの女性に、そんなこというのはまだはやい。いやちがう、そんなこというのは失礼だ」
おれは、動揺のあまり自分でもなにをいってるのかわからなかった。
「ええ?だって、先生たちもやってるし、こうするものだって教えてもらったんだ」
市村は、心底驚いたようにいい返してきた。
「そうだよ、先生たちに「男はそうすべし」、といわれたよ」
「そうだそうだ、そうしなきゃならないんだ」
田村と玉置が、瀕死の状態で苦しむおれのとどめをさしてくれた。
先生たち・・・。瞼の裏を、あれやこれやと隊士たちの顔がよぎってゆく。
もちろん、その筆頭数名がだれであるかはいうまでもない・・・。
「あ・・・の・・・、相馬、様でございますね?」
ああ、肝心なことを忘れていた。小柄で清楚な女性は、当惑したような顔でおれをみている。
ん?えっ?おれ?おれの名をいったよな、たしかに?おれの名を?
もしかして、おれの隠れファン?
「お慕い申し上げておりました」って純愛系時代劇?、そんなものがあったかどうかはしらないが、兎に角、それ系ってことなのか?
おれは、自分の顔が赤くなったことを自覚した。
「えー、なに?お姉さん、主計さんのしりあい?」
「うそだー、主計さんの仇かなにかじゃないの?」
「いいや、きっと副長への恋文を渡すのを頼みたいだけだよ」
「それだったら原田先生にじゃない?」
子どもらが勝手にわいた。おれ自身を全否定しまくっている。
もう、突っ込む気力すらない・・・。
「ついにモテ期ってか?残念、それだけはないない、と申しておる」
「しええええええっ!」
またしても、またしても背後から囁かれてしまった。
六つ子がでてくるアニメの「イOミ」の決めポーズばりに、飛び上がってしまったではないか。
「おお、これは花香太夫ではないですか?失礼、花香殿でしたな?」
俊冬が満面の笑みで、小柄で清楚な女性にいっていた。
「ああっ、双子先生」
「双子先生、おやつおやつ!」
「はやく蕎麦が食べたい」
「おやつ、蕎麦でいいよ」
またしても、またしてもわく子どもたち。
「兄上、モテ期とはなんでしょう?」
とは俊春。
相棒よ、おれのことで勝手な自問自答をしてくれるな。
おれは、足許でお座りしている相棒を心中で諌めていた。もちろん、相棒は黙秘権を行使している。
花香太夫、という源氏名をきいたことがあったことを、このときにはまったく気がつきもしなかった