藩主と局長、どっちが偉い?
「こらこらおまえたち、頭が高すぎる。会津中将松平容保様と桑名少将松平定敬様だ。おいっ鉄、がん見するな。あぁ泰助、二度見もするんじゃない」
おれの願いもむなしく、会津侯も桑名少将も子どもらに会って激励したいと申される。
「どうかおやめください。作法をしらぬゆえ」
とのおれの願いは、即座に却下された。
「作法などいるものか。かようなものは、元服の後に適当にしっておけばよいもの」
とは、会津侯の持論。
家老の田中もそうであるように、これが会津のフリーダムっぽい気風なのだろう。
幕末にくるまで、会津の歴史全般をしる上でも、実直、忍耐、純朴一色の気風と思い込んでいた。
まぁゲロ佐川のような藩士もいるのだから、それだけではけっしてない、ということか。
最初に訪れたときも驚いたが、今日もまたあらためて実感できた。
会津候や桑名少将の人となりはもちろんのこと、藩そのものの自由で穏やかな気風を・・・。
おれは、頭ごなしにだめだしをしまくってしまった。
現代でしか通用しない言葉も乱用しまくったが、野村同様子どもらも現代語を面白がっているので通用するのだ。
もちろん、子どもらはおれのことをはっきりとわかっていない。勘のいい子どももいるので、なかには薄々気がついている子もいるかもしれない。だが、ほとんどの子は、現代語とは思っていない。おれの故郷の言の葉と思い込んでいるはずだ。
「挨拶はどうした?このお方々は、とてもとーっても偉いお方々なんだ」
おれは、はらはらどきどきしながら子どもらに説明した。
「こんにちはっ!」
子どもらは、いっせいに頭をぺこりと下げた。その挨拶の馬鹿でかさは、しずかな黒谷に爆弾をおとしたかのようだ。
会津侯と桑名少将も「こんにちは」、と返してくれた。
「ねぇ、あなたたちと近藤局長と土方副長では、どっちが偉いの?」
泰助の素朴な、いや、無礼すぎる疑問に、子どもらを連れてきてくれた家老の田中や藩士の東と大崎が笑いを噛み殺している。
「こらっ泰助っ!」
「相馬、よい」
叱りつけたおれを制し、会津侯は子どもらへと歩をすすめ、全員をみまわした。
「おぬしらは、近藤局長と土方副長が好きか?」
その問いに、子どもらは互いの顔をみ合わせた。
「副長、茶がぬるいの薄いのって、いっつもうるさいんです」
「そうそう、いっつも怒鳴ってばっかりで怖いです」
「眉間に皺をよせて・・・こんな感じに」
市村、玉置につづき、田村は実際に眉間に皺を寄せた。途端に、桑名少将がふきだした。田中も笑っている。
「近藤局長はやさしい」
「ほんと、とってもやさしくしてくださいます。拳固をこうして口のなかに入れてみせてくれます」
秦という名の子につづき、泰助が自分の拳を口に入れる真似をした。
さらに笑う桑名少将と田中。
「でも、近藤局長も土方副長も大好きです」
全員が声を揃え、きっぱり宣言した。
「そうか・・・。そうだな、わたしも弟も、人として、武士として近藤局長や土方副長に遠くおよばぬ」
会津侯は、そういって笑顔をみせた。しみじみ、といった感じだ。
おれはそこに、会津侯の人となりと度量の大きさをみた。
帝や将軍に信頼されていたのがよくわかる。
「兼定も大好きです。とっても偉くて強いのです。主計さんは、いつまででも役立たずの平隊士だけど、兼定はほんものの武士として役に立ってくれるって、土方副長がいってました」
はあああああ?
市村の言葉に、おれの口があんぐりと開いた。
桑名少将は、つぼにはまったらしい。いまや体を二つ折りにして馬鹿笑い、いや、笑ってらっしゃる。
「だそうだ、相馬平隊士」
にやにや笑いの会津侯。
全員で大笑いした。
それはきっと、この広い黒谷中に響き渡っているに違いない。
相棒も「ケンOン」笑いをしていた。
こづゆをご馳走になった。とてもさっぱりとした味だ。
なんでも、出汁は乾物の帆立の貝柱をもどしてとるらしい。故郷より大量にもってきているということだ。そこに、椎茸、里芋、金時人参、大根、銀杏、豆麩を入れ、酒と醤油で味が調えられている。
なかに入っているものは、その家庭や地域によってちがうらしい。大根は、冬限定ということだ。
これならうまいし、健康にもよさそうだし、多少喰っても大丈夫だ。という身勝手な結論で、おれは二杯おかわりした。
子どもらも、はふはふしながらおかわりしていた。
そういえば、新撰組の子どもらは、なんでもよく食べる。つまり、好き嫌いがない。松茸も、においが、なんていっていたがしっかり喰っていた。
現代と違い、食物があふれかえっているわけではない。口にできる種類もおおくない。好き嫌いなどいっていられない、ということか・・・。
兎に角、おれはこづゆが気に入った。
さらに、お土産にと沢庵をたくさんいただいた。
「土方にもお裾分けを」
とのありがたいお言葉とともに。
子どもらには、刀料をいただいた。
「ゆめ、子どもらが鍛錬以外に刀を遣うことのないよう、近藤に伝えてほしい」
とのお言葉を添えて。
「大丈夫です。近藤や土方は、子どもらを危険な目に合わすつもりは毛頭ございません。そのほとんどが、近藤や土方の故郷よりなかば強引におしつけられた子らです。故郷で、両親や親族がさぞ案じておりましょう」
おれは、先日の双子の異母姉の言葉を思いだしながら告げた。
そして、おれたちは黒谷を後にした。