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褌一丁!!

「いつもこんなむさ苦しい格好で」とおれが詫びると、会津候も桑名少将も苦笑した。


 おれは、会津候のプライベートルームに上り込んでいた。もちろん、相棒はその部屋の廊下をはさんだ庭でお座りしている。


 プライベートルーム・・・。

 なんとこじんまりしていて質素なのだろう。室内にあるのは文机、それから床の間に刀掛け。たったそれだけだ。


 高価な墨絵や金箔の襖、そういったものはいっさいない。


 文机の上に、和紙がひろげられていた。草書体でさらさらとなにやら書き込まれている。

 よくある、うますぎて解読不能なあの字体だ。


 おれの視線に気がついたのだろう。会津候が笑いながらいった。

「恋文ではないぞ。密書だ」

「ええ?」

 おれは、頓狂な声を上げてしまった。


 恋文であっても密書であっても、だれでも驚くだろう。

 おれの様子に、さらに笑声をあげる会津候。


 ほんとに密書なのか?それともジョークだったのか?

 

「あぁ先ほどのお主の申す格好のことであるが、気にするでない。なんぞ着用しておれば気にはせぬ。まぁさすがに褌一丁でこられれば、驚くやもしれぬ・・・」

「兄上、事実あったではござりませぬか」

 会津候の右斜め前に座っている桑名少将がかぶせた。


「以前、かれらが褌一丁であらわれたことが・・・」

 少将は、そういいつつ掌を双子へと向けた。


 おれは仰天した。

 もはや双子にはなんでもありなんだとさえ思えてくる。


「ああ、そういうこともあったな。あれは、夏の暑い時期であった」

 会津候が苦笑した。


「おそれながら、あのときは褌一丁ではござりませんでした。われらは、ねじり鉢巻をしておりましたぞ。あのときは、暗殺者どもも腰を抜かしておりましたな」

 俊冬もまた、苦笑しつついった。それから、しばし宙を仰いだ。

「当然じゃ。池のなかから褌一丁のおとこが二人もあらわれたら、だれでも驚くわ。病弱の上様の心の臓が、よくぞ飛び跳ねずにすんだものよ」

「ですが兄上、ことが終わった後、上様はいついつまでも笑っていらっしゃいました。上様があれほど愉しそうにお笑いになっているのをみたのは、あのときが最初で最後でございます」

 少将がそういうと、しばし沈黙が室内に横たわった。


 おそらく、暗殺者に狙われたさきの将軍家茂を、双子が奇抜な方法で阻止したのだろう。

 それが、池のなかから褌とねじり鉢巻であらわれた、ということに違いない。


「なにゆえ、そんな登場のしかただったのか?」

「なにゆえ、そんな格好だったのか?」

 これらはきっと、尋ねても無意味なのだろう。


「俊冬、俊春、例のことを頼めるか?」

 沈黙の後、会津候はわずかに姿勢をただし、あらためて双子のほうへと向き直った。

 が、俊冬は瞑目した。


 会津候の申しでについて迷っているのだろうか。


「もはやお会いすることすらかなわぬ。それどころか、われらは違う側に立つことになる。わが会津藩は、藩祖保科正之の遺訓を護らねばならぬのだから・・・。ただ一言でよい・・・」

 会津候の懇願。


 おれは、ただ静かに成りゆきをみ護った。


「委細承知つかまつりました」

 俊冬が決断し、双子は同時に頭を下げた。


「それといま一つ。上様もまた、おぬしらを必要としている」

「中将・・・」

 俊冬は苦笑する。


「われらは時代遅れの遺物。もはや、邪魔になっても益になることはござりませぬ。それに、われらが上様の臣であることにかわりはござりませぬ。新撰組に属しているだけのこと。どうかよしなにお伝えください。そして、なにごとにも大局をご覧になり、周囲にまどわされぬようにと。上様は、神君家康公の再来といわれるほどのお方。犬二匹、周囲におらずともなんら不自由はござりますまい」

 そして、双子は同時に叩頭した。


 双子は、会津候からの依頼をすぐに果たすという。


「今宵、務めがありますゆえ、これにて失礼仕ります」

 俊冬がそういった。

 それが新撰組でのこと、すなわちおねぇ絡みのことであることは間違いない。


 おれは、またしても例のことを確かめるチャンスを逸したことに気がついた。

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