世間一般のドレスコード
「殿がおまちです。桑名少将も参られていらっしゃいます」
田中の声ではっとした。
田中が双子に腰を折って告げていた。
「主計、参るぞ」
俊冬がそういい、背を向けるとさっさとあるきだした。
「ちょっとまってください。格好が・・・」
おれは、双子と田中の背に怒鳴ってしまった。
現代でいうところの閣僚に会うのに、まさかこんなよれよれの着物でいいのか?
おまささんのところで新調した着物や袴も、すでによれよれになってしまっている。
これでは、ジャージやTシャツにダメージパンツみたいなものだ。
タキシードとまではいかなくても、せめてスーツでないと・・・。
それこそ、社会人としての資質が問われる。
昨今、クールビズが流行っているとはいえ・・・。いやいや、それが流行るのは150年位将来のことだし、それにいまは冬だ。
それは兎も角、前回も前々回もよれよれの着物姿だった。またしても、というわけだ。たしかに、いまさら、ではあるが・・・。
「主計は細かいのう・・・。みよ、われらもかような格好だ。中将は、かようなことは気になさらぬ。見目麗しさを求めるのは、江戸城の奥に巣喰う女狐どもだけであろう?」
俊冬は、自分の作務衣姿をみ下ろした。その隣で、俊春が含み笑いをしている。
「俊冬殿、滅多なことは・・・」
諌める田中の純朴そうな顔にも笑みが浮かんでいる。
いまのは、江戸城のあるあるなのか?それともブラックジョークなのだろうか?
おれは、三人の背をみながらあらためて思った。
会津藩の家老が頭を下げるほど、双子はすごかったんだな、と。
通されたのは、前々回に訪れた部屋ではなかった。
前々回は、時代劇によくでてくるような一段高くなったところでお殿様が座している、そんな部屋であった。
その部屋を通りすぎ、庭づたいにさらに奥へとすすむ。
「先日は、局長に申していただき忝い」
「近藤は兎も角、土方がきくとは思えませぬが。とりあえずは、二条城でわざわざ呼びとめ、意を含んでおきました」
まえをあるく俊冬と田中の声が、ひっそりとした庭に吹く寒風にのって流れてくる。
やはり、俊冬が手をまわしてくれたのだ・・・。などと考える余裕など、じつはおれにはない。緊張しまくっているからだ。
だって、そりゃそうだろう。これで三度目とはいえ、この時代でも現代でも著名な人物に会うのだ。しかも、閣僚レベルの人だ。
「おお、やっと参ったか・・・」
「兄上、兼定ですぞ」
歓喜の声。すぐ眼前の寒椿のまえに、後に「高須四兄弟」と呼ばれるようになる、そのなかの兄弟二人がさわやかな笑みとともに立っていた。
寒椿の花の鮮やかな赤や白の色が、とても映えている。
足許で、相棒の尻尾が空気を薙ぎ払っている。
「三名ともよくぞ参ってくれた。兼定、おぬしもな」
会津候と桑名少将がちかづいてきたので、おれは面を下げつつ相棒に座るよう掌で合図を送った。
田中がいなくなっている。
側近の一人もおらず、ここにはほんとに五名しかいない。不思議な感じだ。
「中将、少将、ご健勝の由恐悦至極に存じ上げまする」
双子も面を下げつつ、俊冬が挨拶を述べた。
「よい、堅苦しい挨拶は抜きじゃ、俊冬」
会津候は、掌をひらひらさせつつ膝を折った。おれに目線で相棒に触れるてもいいか了解を得てきた。もちろん、拒否るわけはない。緊張しつつこわばった笑みを浮かべると、会津候はうれしそうに相棒の頭や背を撫ではじめた。
相棒の尻尾は、ちぎれるのではないかと思えるほど激しく土を掃いている。
「兼定、元気そうじゃのう。おぉ相馬、おぬしもな」
桑名少将もまた、兄とおなじようにおれに目線で触れる許可を得てから相棒に触れた。
「会津候と桑名少将におかれましてもおかわりなく。先日は、兼定に沢庵をありがとうございました」
「よろこんでくれたか、兼定は?」
会津候の笑顔に、おれの緊張もわずかにほぐれた。
「はい。兼定は無論のこと、ふく・・・土方も喜んでおりました」
副長といいかけたが、考えてみたらここは通常呼び捨てにすべきなのか?、と思い直して呼び捨てておいた。
「土方?」
兄弟が同時にいった。
「はい、土方も沢庵が大好物でございまして。もともと、兼定はわたしが尊敬する土方の佩刀である「和泉守兼定」より名づけました由」
「おお、そうであったか」、とは会津候。
「「鬼の副長」が沢庵?」、とは桑名少将。
途端に笑いだした。その笑い方があまりにもさわやかで青年っぽいので、おれもつられて笑ってしまった。
「まぁ「鬼の副長」が串団子を頬張っているよりかはまだ想像できるであろうの」
会津候も笑いだした。
そのジョークに双子も笑っている。
「串団子、頬張ることもあるんですよ」
おれはそういいたくなったが、やめておいた。
お二人の「鬼の副長」のイメージを壊してしまうのも忍びない。
桑名少将に撫でられながら、相棒も笑顔になっていた。