子どもたちと京都守護職本陣ご訪問
「また双子先生だ」
往来で、子どもたちはおれの後ろにいる双子をみてわいた。
というよりかは、どれだけ神出鬼没なんだ、この双子は?
「いまから京都守護職に参る」
俊春が子どもらの相手をしている横で、俊冬がおれに囁いた。
「ちょうどよい。ともに参るか、主計?中将が兼定に会いたいと所望されておいでだ」
「しかし、子どもらだけで屯所にかえすわけには・・・」
おれは、突然の誘いに思わず下手ないいわけをしてしまった。
俊冬は、男前の顔に笑みを浮かべた。
「案ずるな。連れてゆけばいいだけのこと」
「はあ?そっちのほうが屯所に子どもらだけでかえすよりもはるかに心配ですよ」
「なにゆえだ?この子らも新撰組の隊士。問題なかろう?」
「いえ、そういう問題ではありません。この子らは、なんというんですか、マナー、いえ、作法をしりません。黒谷でなにをしでかすかわかったもんじゃない」
おれは、子どもらにきこえぬよう声を潜めた。
「童のいたずらごときで新撰組をどうかなされるほど、中将は狭量ではない」
「いえ、だからそういう問題では・・・」
もしも子どもらが、会津候の耳にまで届くまでのいたずらをしでかしたとすれば、それはもうかなりのレベルだ。
「黒谷の沢庵はごくうまだ、と申しておる」
「ひえええっ!」
またしても俊春の背後からの囁き。
「もち、双子の義母と異母姉の漬けた沢庵もごくうまだ、と申しておる」
まだあった。
相棒よ、社交辞令もほどほどにしてもらいたい。
「兄上、ごくうまとはなんでしょう?もち、とは?」
俊春の呟き。
「さぁみな、いいところにつれていってやろう。蕎麦と饂飩はまた馳走する。いまからゆくところで、頼んでこづゆをつくってもらおう。うまいぞ」
俊冬は弟の疑問をスルーし、おれの肩をぽんとたたくとさっさとあるきだした。
「こづゆってなに、双子先生?」
子どもらは、双子の周囲に群がりわいわいいいながらついていってしまった。
こづゆってたしか会津の郷土料理の一つだったはずだ。
喰ったことない。興味がある・・・。
いや、なにを考えている。おれまでグルメを探求するようになってしまったのか?
それ以前に、このタイミングで例のことを確認すべきだ、と思う。ああ、これを逃せばあとはないかもしれない。
「ゆこう、相棒」
おれは相棒の綱を握りなおし、ついでに気合もいれ、かれらを追いかけた。
黒谷にきたのはこれで三度目だ。前回は、坂本がいた。会津藩との非公式の試合は、おれにとってはいい思いでである。なにより、みなで戦い勝ったという経験が誇らしい。
今回も出迎えてくれたのは家老の田中であった。
「こら、行儀よくするんだ」
門をくぐるなり、子どもらははしゃぎまくった。
ずっと向こうにみえる阿弥陀堂や三重塔、きれいに整備された庭、敷き詰められた石、どれをとってもめずらしいものばかりだ。
「まてまて、駆けちゃだめだ。ここは新撰組の上役?、スポンサー?、いや、お仕えしている会津藩の屋敷?いや、拠点なんだ。不作法は切腹ものだぞ」
おれはしどろもどろになりながら、子どもらの着物の襟を掴んでは引き戻し、掴んでは引き戻しと独りで奮闘した。
だが、子どもらは遊びたくてたまらないらしい。襟を放すとすぐに駆け去ってゆこうとする。
そのおれの孤軍奮闘ぶりを、はははと呑気に笑いながら眺めている双子。
「ちょっと、お二方も手伝ってください」
おれは、双子に懇願した。
「よいではないか。駆けまわったところで減るものではなし」
「いや、そういう場合じゃないでしょう、俊冬殿?この子らは、壊す、なくす、いじるのが大の得意なのです。貴重な文化財になにかあれば・・・」
そこまでいってから気がついた。
文化財に指定されるのはまだまだずっと未来のことだが、そんな阿弥陀堂や三重塔に、刃物で「誠」などと刻まれでもしようものなら、後世の笑いものだ。
300%の確立で、新撰組のだれかがやったとばれてしまうだろう。
「よいよい。遊ばせてやるといい。元気があってよろしい」
田中だ。うんうんと頷きながら子どもらをみつめている。
「いえ田中様、元気があってなんて、そのような・・・」
「相馬、かたいことを申すな。子は宝。この子らには将来がある。なにものにも縛られず、ある程度は奔放にすごすべきだ」
田中は、そういいながら振り返った。
背後に二人の藩士が控えている。
「東、大崎、子どもらを案内し、なかをまわって参れ」
「承知いたしました」
太っ腹というかなんというか、その寛大な命に二人の藩士たちは一礼して了承した。
「あの、すみません。なにか悪さしましたら、遠慮なくぶっ叩いて下さい」
おれは、その壮年の藩士たちに頭を下げながらお願いした。
「われらは、故郷にあの子らとおなじくらいの年齢の子がたくさんおります。扱いには慣れており申す。お案じめさるな」
陽に焼けた相貌に真っ白な歯をみせつつ、藩士たちは子どもらと一緒に去っていった。