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おねぇの弟のマジなお悩み

「プラッツ」

 路地に入ると、おれは相棒に命じた。そのドイツ語の「伏せ」の指示で、相棒は伏せをする。

 だが、獰猛呼ばわりされたのがよほど腹に据えかねているのだろう。視線は鈴木の動きを逐一逃さない。


 鈴木は、おれと相棒の近間から半歩離れた位置で立ち止まった。


「それで、お話とは?たしか、われわれはいっさいの接触を禁じられているはずですが」

「相馬君」

 おれの言葉をスルーし、鈴木はおれの名を呼んだ。

「兄上は、当初の目的から逸脱してしまっている。そして、もはや目的がなんだったかも失念されておられる。さらに、正義がなにかもわかっておられぬ」

 鈴木は、そこまでいうとごつくて血色のいい顔を左右に振った。


「はあ・・・」

 お間抜けだが、それしかいえなかった。反応に苦慮する相手がときどきいるが、鈴木はまさしくそれ、だ。


「薩摩は尊皇攘夷のためではない。自藩の権力と利益のことしか頭にない。長州も同様。まさか兄上が、さようなことを看過し、甘んじ、走狗に成り果てるとは・・・」

 大きな溜息。

 相棒の頭のてっぺんの毛がそよいだ、ような気がした。


「お待ちください、鈴木先生。そのようなこと、申されるべき相手をお間違いではございませんか?」

「それは兎も角、此度のよからぬ考えだ」

「はぁぁぁ?」

 いままでのは、前ふりではなかったのか?


 鈴木の。たいそうな奥だ。

 いっちゃってるのか、それともぶっとんでしまってるのか?あまりにも支離滅裂すぎる。


 まさか、いきなり刺されたり斬られたりしないよな?


「ジッツ」

 身の危険を感じずにはおられない。

 おれは、すぐに逃げだせるよう相棒にドイツ語で「座れ」を意味する指示をだした。


 大麻とか覚醒剤とか、あぁそうか、この時代ころは阿片か。そんなものでもやってるのか・・・。おれは、鈴木のひっこんだをのぞきこんだ。


 意外ときれいなだ。充血どころか白目がやけに真っ白だ。いや、そりゃ白内障か?っていうか、結膜が充血するのは大麻だ。阿片はどうだったか・・・。


「兄上は、わたしのことなどまったく気にもとめず、信用もせず、かまってくれぬ」

 鈴木のが急速にちかくなった。伸びてきた両掌がおれの二の腕をがっしり掴んだ。


 うおっ、すばやい。それにすごい力だ。

 たしか、かれのウイキペディアには、武道に関しての記述がまったくなかったと思う。が、漫画だったか小説だったか、神道無念流か北辰一刀流の皆伝だったという設定だった。


 先ほどの子どもらのききかじりではないが、組長を降格させられたり、おねぇの実弟でありながら、まったく目立っていない上に、取り巻きの方がよほど有名なことを加味しても、あらゆる意味、面でたいしたことはないのだろうか。


 すくなくとも、いままでの挙措をみるかぎり、剣術を含めたどんな武道でも「ただかじってみた」程度のものしか感じられない。


 おれは、かれのひっこんだから視線を左腰へと移した。


 お?なんと「鬼神丸」ではないか。あの斎藤とおなじ佩刀だ。

 あるあるだが、道具からそろえるタイプなのだろうか。


「あの、鈴木先生?おれは逆だと思いますよ。信用しているからこそ、他人によくする。御陵衛士のトップ・・・が・・・」

 わざと英語を使ってみた。鈴木は、白をひんむいた。自分の顔をさらにおれにちかづけてくる。


 くそっ、こういうところはさすが兄弟だ。いや、もしかすると鈴木も、そう・・なのか?


 おれは上半身をひき、顔をはなした。

 先日の超絶ハードなポッキーゲームもどきが脳裏をよぎっていく。


「身内贔屓するわけにはいかないでしょう?あなたを信頼し、あなたを認めているからこそ、です」

「おおおおおっ!」

 突如、鈴木は雄叫びをあげた。


 道ゆく人々が、路地にいるおれたちを胡散臭そうにみてゆく。みてはならなかったもの扱いし、視線をそらし、ぎこちない動きで去ってゆく人もいる。


 ううっ、おれたちは完璧やばい系じゃないか・・・。


「そうか、そうだな。きみのゆうとおりだ、相馬君。そうか、兄上は、そうだったのだな」

 鈴木は、おれの二の腕を離すと、その掌でおれの肩を天日干ししている布団みたいにばんばんと叩いた。


 それから通りに飛びだし、スキップしながら去っていった。


「なんじゃそりゃ?」

 おれは、その背に声を大にして突っ込んでいた。


「なんやねん、いったい?」

 足許でお座りしている相棒に関西弁で訊ねた。

 相棒もおれをみ上げていたが、そのに抱く違和感はいつものことだ。


 ふんっ、と鼻を鳴らされたことも。


「わかるかい、超ビーエムと申しておる」

「ひいいいいっ!!」

 またしても、またしても背後から囁かれ、おれは幽体離脱してしまうほど驚いた。


「もうっ、なにやってるんだよ、主計さん」

「探したよ、主計さん」

「鈴木先生となにかおかしなことやってたの、主計さん」

 そのとき、通りから子どもたちの容赦もいわれもない誹謗中傷が飛来し、おれの背中を斬りつけた。


「兄上、超ビーエムとはいったいなんでしょうか」

「主計、いまのは鈴木三樹三郎であったな?」

 俊春の疑問と、俊冬のマイペースもいつものこと。


 超ビーエム?あぁ超BM、つまり、超馬鹿丸だしのことか・・・。


 相棒よ、いつのまにそんな若者言葉を駆使できるようになったのか・・・。


 それにしても、おねぇの実の弟・・・。


 後世の評価とおなじく、よくわからん・・・。

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