鈴木三樹三郎 それはおねぇの実弟
鈴木三樹三郎に会ったのは、藤堂を「ホーンテッドハウス」に送った帰りだった。
まず、田村が気がついた。それはそうだろう。もともと新撰組にいたのだし、おれの記憶が正しければ九番組の組長も務めたはずだ。もっとも、すぐに降格したはずでもあるが。
「あ、「兄貴とは雲泥の差の弟だ」の鈴木先生」
田村の第一声だ。
「ほんとだ、「よくある兄貴にいいとこ全部もっていかれた弟ってやつだな」の鈴木先生だ」
「「兄貴の威光で組長になりやがった役立たずだ」の鈴木先生」
つづけられた玉置と泰助の言葉は、100%隊士の受け売りだ。
おれは、きこえやしなかったかと冷や冷やした。
会話こそ交わさなかったものの、先日の「角屋」でのおねぇとの会見で面識がある。
ウイキペディアで、初老のときらしき写真をみたことはあった。それは、痩せた苦労人といった感じであったが、「角屋」でみた鈴木は、どちらかといえば恰幅のいい気弱な男といった印象を受けた。
あぁ悪いようにいえば、エリート家族のなかで一人浮いたニートって感じだろうか。
「相馬君だったね?」
通りの向こうからやってきた鈴木は、おれたちのまえまでくるとおれに声をかけてきた。
「鈴木先生、こんにちは。お久しぶりです」
おれは、一社会人として常識ある挨拶を返した。
鈴木は、きょろきょろと周囲をみまわした。
おれと視線をあわせようとしたが、あわせきらないうちに市村が間に入ってきた。
「主計さん、そこの菓子屋さんで羊羹を買ってきていい?」
市村は、すぐ近くの店を指差した。
羊羹や京菓子を売っている店だ。
なんと、まだ甘いものを喰うつもりなのか・・・。
「ああ、ここで待っている。相棒はおれが・・・」
泰助の掌から相棒の綱を引き継いだ瞬間、子どもたちはいっせいに駆けだした。
マジで元気よすぎだろう・・・。
「鈴木先生、なにか御用でしょうか?」
「ああ、ああ、そうだな。話がある・・・」
鈴木は、いまだ視線をあわせようとしない。迷っている証拠だ。しかも、後ろめたい思いをしている。
「もしかして、おねぇ、あ、いえ、あー、お兄様のことでしょうか?」
すぐに名がでてこなかったので、おれはそれでごまかした。
だが、おれが話題をふったことで、鈴木もやっと決心がついたらしい。うんうんと幸の薄そうな、それでいて気弱そうな顔を上下させた。
「兄上はよからぬことを考えている」
「はい?」
囁き声は、すぐ隣を通っていった物売りの声にかき消されてしまった。
「兄上は、その・・・。そう、新撰組になにかしようとしている」
「ええ?なにかってなにをでしょうか?」
おれは、なにもわかっていないふりをした。鈴木の意図がよめないからだ。もうすこし話をさせる必要がある。
「ここではちょっと・・・」
鈴木は、きょろきょろとしてからすぐ先にある路地をみつけた。おれの左の袂をつかもうとし、その下に相棒がお座りしていることに気がついたようだ。
「噛むのか、その犬?坂井君からきいている。なんでも獰猛だとか」
わずかに身をひき、とんでもないガセネタを振り翳してくる鈴木。
相棒が気分を害した。鈴木を上目遣いにみる。
「ひっ・・・。昔、兄上と犬に追いかけられたことがある。それ以来、わたしも兄上も犬が苦手なのだ」
「ああ、そうでしたか。どうかご心配なく。おれが命じないかぎり、相棒はあなたを噛んだり追いかけたりしません」
おれは、然もありなんといったていで頷いた。
それから、先に立って路地へとあるきはじめた。
鈴木は、それでもまだ相棒を疑っているのか、それとも命じるべきおれを疑っているのか、綱の届かぬ距離をおき、とぼとぼとついてきた。