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あっかんべぇ

「主計さん、兼定の散歩にいこうよ」

「そうだよ。主計さんが寝坊したから、兼定が厠にいきたいっていってるよ」

「寝坊するから、兼定が遊べないって怒ってるよ」

 またしても、子どもたちのおれへの非難。


 かれらは、相棒をだしに自分たちの要望をがんがんいってくる。


 道場はあきらめるか・・・。まぁたしかに、散歩のほうがだれにも会わずにすむ、か。

 正確には原田、それと万が一にも副長と会わずにすむ、という意味でだが・・・。


 相棒・・の要望通り、おれは散歩にゆくことにした。

 が、一歩を踏みだしたところで、山崎がやってくるのに気が付いた。


 山崎もまた、目当てはおれらしい。脇目もふらず、おれへと向かってくる。しかも、めっちゃマジな視線をおれからはずすことなく。


 その視線は熱すぎるくらいだ。


(ビームでもでてくるんじゃないのか?)

 おれもまた視線を山崎に据えたまま、そんなガキっぽいことを考えてしまっていた。


「主計、どこへゆく?」

 山崎もまたいつもの格好ではない。いつもの、とは着物に袴のことだ。いまは内偵の途中なのか、物売りのような格好である。

 つまり、襷がけに尻端折りという、じつに寒々しい姿だ。


「山崎先生、今日はなに屋さんですか?」

「山崎先生、水飴屋さんだったらいいんだけど」

「山崎先生、甘酒屋さんでもいいよ」

 またしても子どもたちはわいた。しかも、山崎がお店屋さんごっこでもしているかのような、そんな気軽さだ。


 っていうか、ここでも自分たちの要望を述べている。


「残念だったな、みんな。今朝は薪売りだ。いっとう冷えるからな。双子先生が今朝早く、屯所の分の薪を山ほど割ってくれた。それを拝借しているというわけだ」

「なーんだ、つまんない」

「食べられないよ、先生」

「あーあ、甘いものがほしかったのに」

 子どもたちのブーイングに、山崎は鷹揚に頷いた。

「ならば、これで饅頭か団子でも買うといい」

 懐から巾着をとりだし、なかに掌を突っ込んでごそごそごそごそ・・・。


 その巾着が浅葱色であることに、おれは驚くよりも感心した。さすがは山崎だ。昔、隊服であった浅葱色の羽織とおそろいで作ってもらったかなにかなんだろう。きっとそうに違いない。


 後で島田にきいたのだが、あの浅葱色の隊服はかなり評判が悪かった。悪いのは隊士たちに、である。だが、世間一般的にはうけた。それは、「この京のトレンド!」的な意味でではない。「京のお笑い集団、笑いの聖地に宣戦布告か」的な意味でだ。

 ゆえに、すぐに着られなくなった。巡察のときも、だれも着用しなくなった。まぁ、これにはもう一つ理由わけがある。


 ちょうど新撰組が有名になった時分ころだ。浅葱色のだんだら模様が目立ちすぎ、攘夷志士たちの格好の目印まととなったのだ。

 実際、そのせいで殺られた隊士もいたらしい。


 で、需要のなくなった隊服。メルカリもガレージセールもセカンドハンドショップもない時代ころ。そのまま放置したり廃棄したりするしかない。

 が、器用な隊士はリサイクルした。

 山崎もその一人だった。

 

 隊服は、見事巾着に生まれかわった、というわけなのだ。


「ほら」

 おれの視線のなか、山崎はハンドメイドの巾着袋から一朱銀を取りいだした。それを冬のささやかな陽光にかざし、身近にいた玉置に手渡す。


 一朱は、現代では5000円程度か。

 なんて太っ腹なんだ、山崎・・・。


「うわっ!さすがは山崎先生」

「やった!日の本一の監察方っ!」

「主計さんとは稼ぎも度量も違いますよね」

 もちろん、子どもたちはさらにわいた。いや、もはや超絶マックスに興奮している。


 ん?最後の泰助の批評がひっかかった。わずか十歳前後の子が度量なんて言葉使うか?


「泰助っ、それはいっちゃいけないって原田先生がいってたじゃないか」

 市村の突っ込みに、泰助は舌をぺろりとだした。


 そっか、原田の受け売りか。そうだろうな・・・。

 んんっ・・・?


 くそっ原田、おれのことをそんなふうにいって笑ってるのか・・・。


「みな、門で待ってなさい。先生は稼ぎも度量も違う主計さんに話があるから」

「承知っ、いこう兼定」

 子どもたちは、門へ向かっていっせいに駆けだした。

 田村に綱をひっぱられ、駆けだすまえに相棒がおれをちらりとみた。


 ああ、わかってる。万年金欠のけちんぼっていいたいんだろう、相棒?

 おれは相棒に舌をだし、あかんべぇしてやった。


「なにをしている、主計?」

 はっと気がつくと、山崎がおれのあかんべぇをじっとみていた。

「えっ、あかんべぇですよ。相棒がおれのことを馬鹿にしたような気がしたので、思わずあかんべぇをしてしまったの・・・」

 おれは、口を「の」の字に開けたまま思わずかたまってしまった。


 山崎が、右の下瞼をぐっと引き下げていたからだ。瞼の裏の赤い部分、眼瞼結膜というんだったか、が力いっぱいみえている。


「あかんべぇ」

 そして、山崎はぴしゃりといった。

「これがあかんべぇだ。主計のところでは、舌をだすのだな」

 それから、おかしそうに笑った。


 ああ、そうか。あかんべぇの歴史までおれがしる由もない、か。


 おそらく、いまの山崎のしぐさが時代を経て舌をだすにいたったのだろう。


「藤堂さんを迎えにいってくれ。新しい隠れ家にお連れするんだ」

「え?藤堂さんを新しい隠れ家に?というか、もう新しい隠れ家を?さすがは山崎先生だ。仕事がはやい。それで、新しい隠れ家ってどこに?おれにわかるといいのですが・・・」


「案ずるな」

 おれにかぶせ、山崎はにやりと笑った。

「主計もわかっているし、いったこともある。上がりこんで白湯を呑み、話をしたこともある」

 いまや山崎の笑みは「にやり」から「にやにや」にかわっていた。


 まさか「ホーンテッドハウス」?あそこなのか?しかも、双子がおれのびびりぶりを話したに違いない。


 山崎のにやにや笑いは、ぜったいにそれが起因しているはずだ。ぜったいそうだ、そうに違いない・・・。


 おれは山崎にむかって舌をだし、未来さきのあかんべぇをしてやった。

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