寒鰤と冬野菜と大石と双子と
いいや、いじけている場合ではない。双子とここで出会ったが百年目。ここは勇気をもって真実に向き合わねば。つまり、昨夜のことをききださねば。
おれは表情をあらため、双子をきっとみた。
そう、小説や漫画でそういう表現が用いられることがある。たぶん、こういうみ方のことに違いない。
そのとき、建物の角を曲がってあるいてくる男がいた。
その陰険陰湿、もといどろどろとした気を放出しまくっているのは、「新撰組の人斬り」を自称している大石に違いない。
おれは、正直いい気がしなかった。
今夜おねぇを闇討ちしようとしている男と、朝イチから話をする気になどならない。それをいうなら、たとえ昼であっても夜であっても願い下げだ。さらには、おねぇを闇討ちするにしろしないにしろ、だ。
つまり、どんな状況事態であれ、コミュニケーションをとるということそのものがいやなのだ。
大石は、あきらかにおれに用があるようだ。
その証拠に、一直線にこちらへと向かってくる。
「朝っぱらからうるさい餓鬼どもだ。おいっ主計、伊東の弱点だ、教えろ。副長に会う機会がなかった。今宵だからな」
おれは仰天した。
機密事項を、大きな声でつらつらと並べ立てるのである。
「え、いとうってだれだっけ?」
「馬鹿だな、兼定の家を作った大工先生だよ」
「ちがうよ。副長が新撰組から追いだした人だよ」
「今宵って?今宵、なにがあるの?」
好奇心旺盛な新撰組のキッズたちは、大石の謎めいた問いにいっせいに喰いついた。全員が大石を取り囲み、口々に訊ねはじめる。
大石は即座にきれた。
この時代の人にはめずらしい性質だ。
もちろん、歴史上気の短さNO,1であろう副長はのぞいて、のことだが。
「やかましいっ、餓鬼ども。おれは餓鬼と犬が大っ嫌いだっつってるだろうが。そんなにしりたきゃ、これをくれてやる」
大石は、怒鳴り散らすと同時に拳を振り上げ、一番近くにいた泰助に向けそれを振り下ろした。
あっと思う間もなかった。
「あなたが大石先生ですか?先生のご高名は、隊士さんたちからきいています。あ、お初にお目にかかります。わたし、小者として雇われました俊春と申します」
「うおっ」
いままさに泰助の頭に拳固が落ちようとした瞬間だ。
俊春が泰助をかばうようにまえへで、そういいながら上半身を半分に折ってお辞儀したのである。
すると、背に負う籐籠の冬大根の葉っぱの部分が、大石がふるった拳にあたった。
いや、それじたいに影響はないだろう。が、大石は驚いたようだ。
反射的に俊春から一歩後ろへ退いた。
すると、どっしりとした白菜がその足の上にまともに落ちた。
俊春がお辞儀した拍子に、籐籠から滑り落ちたのだ。
「ぎゃっ!なにをしやがる」
ぶざまな悲鳴とともに、大石はさらに一歩退いた。
子どもたちが一斉に笑いだした。おれも思わず笑ってしまった。
おれの脚許のいつもの位置で、相棒もにやにやしている。
「この野郎っ!汚ねぇじゃねぇか。おいっ餓鬼ども、笑うな」
袴や足袋についた土を掌で払いながら、大石は怒鳴りまくった。
子どもらがさらにうける。
「くそっ、笑うなと申しているだろうがっ」
大石は、またしても拳を振り上げた。
「これは大石先生、弟が失礼いたしました」
おつぎは俊冬だ。子どもらとの間に、ぺこぺこしながら割って入った。
「うわああああっ」
なんと、それはそれは立派な寒鰤が、大石の足の上にどさりと落ちた。
俊冬の背負う籐籠から落ちたのである。
まぁいきなり足の上に寒鰤が落ちてきたら、大石でなくてもびびるだろう。
「わたしは、弟とともに賄方として入隊いたしました俊冬と申します。これは失礼いたしました。錦の魚市場で越中の寒鰤がございまして。今宵、鰤刺しやあら汁にと。脂がのって旨うございますよ。それに、越中はかの斎藤弥九郎先生のご出身地。ご武勇にもあやかれるかと」
氷見の寒鰤は、現代でも有名だ。そして、現代では錦市場として有名な京都の台所は、この時代は魚市場として有名だ。
そうだ。斎藤弥九郎は、氷見の農家の出身だった。
何某かいう旗本の屋敷で小者として働きながら、神道無念流をはじめとして馬術や学問を学び、後、江戸の三大道場の一つといわれるようになる「練兵館」を創設した。
千葉周作、榊原健吉と並び称される剣豪である。
土まみれになった上に生臭さに満たされた大石は、当初の目的も忘れ、ぷりぷりしながら去っていった。
「くそっ、貴様ら兄弟、覚えておくぞ」という捨て台詞を残して。
土まみれ、魚臭い大石の背をみつめる双子。
「おお、よかった。寒鰤に傷がつかなくて。大根も白菜もうまそうだ。鍋にしてもよいな」
あいかわらずマイペースな俊冬は、寒鰤を拾い上げ、愛おしそうに掌で撫でては土を払い、籐籠に入れた。それから、大根と白菜もおなじように弟の籐籠に放り込んだ。
そして、揃って厨のほうへと去っていった。
しまった。真実を確かめるチャンスを逃してしまったではないか・・・。
相棒と瞳があった。
あぁおれにもわかったぞ、相棒。
「お馬鹿」、と思っただろう・・・?