真実と孤独とあざーっす!
いよいよだ。いよいよ今夜、おねぇは油小路で死ぬのだ。
結局、おれは布団からでて身繕いをすませた。
やはりなにかがあったのか、あるいは、あれは夢でなにもおこらなかったのかを確認しなければならない。
だが、やはりまだ心の準備ができていない。ゆえに、ひとまずは道場にいってみることにした。
そこなら、さっきの夢にでてきたメンバーに会う可能性は低い。
いまだに怖い。
本当は、腹が減っていた。
頭と体がだるいとはいえ、腹だけは減るらしい。食欲があるということは、このだるさも本来の調子が悪い、ということではないのかもしれない。
それでも、大広間に朝餉を喰いにゆく気にはなれなかった。
道場にゆくまえに、相棒の様子をみにいくことにした。
「あー、主計さん」
「あっ、寝坊すけの主計さん」
「切腹だっ!主計っ」
子どもたちが兼定御殿に集まっていた。
おれをみるなり、口々に叫びはじめる。
たった一度の寝坊は、おれを社会人としてどころか、人間として全否定することとなった。
ああ、人生のなんと過酷なことよ・・・。
しかも、市村などは切腹と・・・。
いや、まてよ・・・。
「鉄っ、いまなんていった?いまのは副長の真似なのか?」
おれが尋ねると、市村ではなく田村と泰助が口を開いた。
「全然似てないよね」
「うん、もっと怖い顔しなきゃ」
田村と泰助がこそこそ批評している。
「うるさいっ!練習すればもっとうまくなれる」
市村がいい返した。
いや、そんな問題じゃないんだよ・・・。
おれは、がっくり肩を落としてしまった。
おれはてっきり、大広間に副長があらわれ、そう怒鳴ったのかと思ったのだ。
やはり、自分の瞳と耳とで確かめるしかないのか・・・。
おれは、大きなため息をついた。相棒が足許でみ上げている。
ため息が相棒の頭に落ちてゆく。
「ダサッ、と申しておる」
背後から囁かれ、おれはいつも以上に飛び上ってしまった。
「ひいいいいっ!」
しかも、情けない悲鳴付きでだ。
おそるおそる背後を振り向くと、双子が立っていた。二人とも作務衣姿で、大きな籐籠を背負っている。
大根と白菜が入っているのが、俊春の頭越しにみえた。
「あー、双子先生」
ヘッドライトに照らしだされた鹿のごとくかたまっているおれを突き飛ばし、子どもらは双子に群がった。
「先生、蕎麦が食べたい」「饂飩だ、饂飩」「卵が入ってるのがいい」「このまえの薩摩揚げを入れてよ」
口々に叫ぶ子どもたち。
子どもらは、副長から双子のことを他言するなと釘をさされている。だから、子どもらは子どもらなりにその接し方を苦慮しているようだ。
が、副長との約束をたがえることなく、屯所で話をするときも普通に話をしている。しかし、呼び方だけは「先生」をつけることにしたようだ。だれかが「?」となったら、料理の先生とでもいうつもりなのだろう。
いまや双子は、子どもたちにとってヒーローだ。強い上に蕎麦が作れる。いいや、俊冬だけでなく俊春も、蕎麦どころかどんな料理でも作ってしまう。
この時代の囮捜査官でなくてよかった・・・。おれは、心からそう思った。
そして、おれは相棒だけでなく、子どもたちにまで用無し扱いされているわけだ。
そう、もう蕎麦をたかる必要がないのだ。
ああ、孤独ってこんなに辛く悲しいものなのか・・・。
「蕎麦粉と饂飩粉を仕入れてきた。今宵か明日、打とう。兼定、おまえには家から沢庵をもってきたぞ」
俊冬の宣言に、子どもたちはさらにわいた。冬のささやかな陽光の下、子どもらの笑顔がきらきら輝いている。
まるで「世界名O劇場」の孤児院での一場面みたいだ。
「あざーっす、と申しておる。兄上、ダサッ、とあざーっすとはどういう意味でしょう?」
俊春だ。
相棒のよき代弁者・・・。
相棒よ、「ダサッ」は兎も角、「あざーっす」とは・・・。
若者じゃあるまいし、礼はちゃんと述べるべきだ。
いや、そんなことはどうでもいいんだな、きっと。
どうせおれは、うざくてダサッな男なんだから・・・。