いわゆる寝落ちってやつですかぁ?
「主計、おい主計、起きろ。起きてくれ・・・」
体が重い。かろうじて瞼を開けることができた。周囲は暗く、おれは一瞬、ここがどこだかわからなかった。
うおっ、体が。腕も脚も動かすことができない。指すら・・・。
こ、これは?もしや、金縛りか・・・?
暗がりのなか、ほんのわずか瞳が慣れてきたようだ。おれは、瞳だけに集中した。すると、すぐ眼前に黒いなにかがいるのがわかった。
「主計・・・」
「うわあああああっ!」
その影が人間、いや、人間の形をしているということに気がつき、おれは力のかぎり叫んでしまった。
横たわったおれの上になにかがのっていて、おれの顔をのぞきこんでいるようなのだ。
べたすぎるだろうが、暗闇のなか「貞O」が瞳のまえをちらついた。
「しずかにしろ。すまんすまん、厠へゆこうとしたら廊下が暗く、おまけに寝ぼけて転んじまった」
「原田先生?」
おれは、すばやく状況をまとめようとした。いや、冷静に思いだそうとした。
そうだ。昨夜は、あのまま「角屋」に泊まったのだ。屯所へは、副長以下公務で外泊する、と「角屋」の女将に頼んで使いの者をやってもらった。
副長とおねぇのことは、双子が責任をもって対処するという。
おれと原田は、もともとおねぇが使っていた部屋で泊まることにしたのだ。
正直、原田と双子と一緒にいるということじたい、おれにとっては不安材料でしかなかったが、まさかおれをどうこうするということもないだろう・・・。
おれは、自分に自分でいいきかせた。
「仲間を信じろ。信じて疑うな。仲間こそすべて。仲間を信じずなにを信じるのか」、と。
それをマントラのごとく繰り返した。
それから、おねぇが俊春と使ったであろう寝具の横に布団を敷き、そこにばたりと倒れた。
すぐに落ちたのはいうまでもない。
あらゆる意味で、ダメージを受けまくっていたのだろう。
「どいてください、原田先生。苦しい・・・」
おれは、体の上の原田であろう人影にいった。それでなくとも重い布団だ。その上にさらに原田の長身がのっかっている・・・。
白刃に囲まれるより戦慄してしまっているのは、なにゆえか・・・。
「おお、すまんすまん」
おれの戦慄をよそに、原田のまったく申し訳なく思っていない謝罪が、闇のなかでぽんぽんと飛び跳ねた。
しかも、そのわりにはまったくどこうとしない。
「なあ、そんなにつれないことをゆうなよ、主計?なあ、双子もそう思うだろう?」
え・・・?
おれが周囲に気配を察したのは、原田にその意味深な台詞を投げられた直後だった。
「おねぇが副長のあれだけでは足りないらしくってな。おまえのも欲しいっていってる。なーに、止血すりゃ死ぬことはねぇ。それに、なくったって生きていける。なっ、双子もそう思うだろう?」
「ちょちょちょ、原田先生、先生、なにをいってるんです?ジョークにしてもきついですよ。洒落になりませんってば・・・」
おれは、ジョークを冗談という配慮すら忘れるほど動揺していた。
「おいっ双子、主計をしっかりおさえておいてくれよ。おねぇの「濃州住志津三郎兼氏」は、おまえの「之定」と違って斬れ味がいまいちだ。副長も泣き叫んでいたみたいだからな。おおっと動くなよ」
ひいいいいいっ!
おれは、体のあらゆるところをおさえこまれ、声にもならぬ悲鳴をあげてしまった。
「おいっ主計、寝坊だぞ。いつまで寝てる」
鋭い痛み。
おれは、おそるおそる重い瞼を開けた。明るすぎて、思わず瞼を閉じてしまう。
「いつまで寝てる。副長に切腹だっていわれるぞ。はやく起きて飯喰ってこい。もっとも、まだ残ってたらだがな」
もう一度、ゆっくり瞼を開けると、頭の横に野村がいた。両頬が痛い・・・。掌を頬にあてた。
「あんまり起きないんで、平手打ちした。すまない」
野村が、ちっとも申し訳なく思っていなさそうにいった。
それをききながら、おれは状況を把握しようと努力した。
いわゆる寝落ちってやつか?寝落ちってやつなのか・・・?
いったい、どこからが・・・?
ちゅんちゅんちゅん。
開け放たれた障子の向こうの庭で、いつものように雀がちょこちょこ動きまわったり飛んだりしている。
いつもとかわらぬ朝・・・。
なんだか頭がすっきりしない。重苦しいというかだるいというか。それをいうなら、体も重いしだるい。
風邪の初期症状?それとも二日酔い・・・?って、呑んでもないのに二日酔いなわけはない。
これは、真実をしることが怖すぎて、頭や体が都合よくだるくなっているのか?これではまるで五月病だ。
ええい、この際だ。この朝は、仮病を装い部屋にひきこもろうか。
そうだ、このままひきこもってしまえばいい。
おれはGW明けの社会人一年生のごとく、マジで考えてしまった。