変化(へんげ)だ ぽんっ!
すぐ近くの部屋におねぇと俊春がいたとは、まったく気がつかなかった。
障子は開け放たれていた。なかに入ると、一番最後の原田がそれを閉ざした。
そこでやっと、おれは原田から解放された。
部屋の中央に膳が二つ置いてあり、空になった何本もの銚子が膳の上や畳の上に転がっている。奥の襖が開いていたので、反射的にそのなかをあらためてしまった。
乱れた夜具・・・。
思わず、俊春をみてしまった。すると、向こうもこちらをみた。
真っ赤な顔で視線をそらす俊春。
「もうよい。はなせ、俊春。首尾は?」
そのとき、俊春に首根っこをおさえられていた花葵がいった。しかも、先ほどとはがらっとかわった野太い声で。
そして、その声はまぎれもなく・・・。
「阿部と内海がついて参りましたが、早々に戻りました。なんでも、早朝より鳥撃ちにゆくとかで。しばし店のちかくに気配を感じましたが、その後は完全に消えております。それ以外の気もいっさい感じませぬ・・・」
「おいおい俊冬、いい女すぎるぞ」
俊春を突き飛ばす勢いで、原田が割って入ってきた。
しっかりみようとでもいうのか、美しい顔をつかんで自分のほうへ向かせる。
というか、おれはすでにぶっ飛んでいた。
「これ、俊冬殿?」と、思わず失礼なことをいってしまった。
「しかし、指が・・・」
「ああ、仕掛け指を・・・」
きれいな花葵の顔のまま、俊冬は妖艶な笑みを浮かべ、自分の左の掌をみせてくれた。
「動かすことはできぬが、あるようにみせることはできる。問われるまえに申しておくが、頬の傷は南蛮の化粧品とかいう道具でもって、ほとんどわからなくなる」
なるほど、義指と化粧品・・・。
「ついでに申しておくと、胸元はこれだ」
俊冬は、シックな柄の着物の胸元を軽くはだけた。ちゃんと帯を前で結んでいるところがさすがである。
そこからでてきたのは、小さな風船に水を詰めたものだ。
「豚の腸だ。太夫に化けるときは、帯を前で締めるので水をすくなめに入れておく」
さ、さすがだ。この化けっぷりになりきりっぷりなら、現代においても「CIA」や「MI6」をも凌駕できるだろう。
「それにしてもきれいだ、俊冬・・・。このおれでもすぐにはみぬけなかった」
俊冬の顎を指先であげ、原田はうっとりしながら称讃している。
「残念だが、味を試してもらうには時間がありませぬ」
「ちっ、四半時もいるものか」
げええええ・・・。おれは、めいいっぱい後ずさりしてしまった。このシチュエーションはいったいなんだというのだ?
「どうせなら、心ゆくまで味わってもらいたいので……」
そう囁き返している俊冬。
「ちょ、ちょっとまってください。副長は?副長はどうなるのです?」
おれは、やっとそうきりだした。いろんな意味で刺激的官能的すぎる。
このガチBL小説っぽい空気をうちやぶらねば、という使命感に萌えた。いや、燃えた。
「大丈夫だ」
俊冬は、原田とみつめあったまま断言した。
「俊春、ぬかりはないな?」
「はい、兄上。媚薬を呑ませ、その上で思う存分愉しみました。もはや愉しもうにも、それだけの欲も力もないでしょう」
俊春は、ちらりと奥の部屋に視線をはしらせながら淡々とこたえた。
「わたしは副長に惚れるほうの媚薬を、弟はおねぇにやる気を殺ぐ媚薬を、それぞれ呑ませた。すくなくとも、おねぇが副長をどうこうしようということにはならぬ。その反対はあったとしても、だ」
俊冬がおれをみた。
そこには、じつに艶っぽい笑顔が。
この双子は、やはりおれに試練を与える為につかわされたに違いない・・・。