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「輪違い屋」の太夫花葵

「今宵は、うちの勝手な願いをきいてもろうてほんまおおきに」

「太夫か?どこの太夫だ?これだけ美しい太夫をしらなかったとは・・・」

 副長は無駄な咳払いをし、それから尋ねた。

「へえ・・・。この島原あたりやのうて祇園のほうがおおいでっさかい。「輪違屋わちがいや」の花葵はなぎといいます。お花に葵と書いてはなぎどす」

 花葵は副長に寄り添うと、膳の上から銚子をとった。副長も慌てて杯をもちあげる。酒をしずかに注ぐその姿は、じつに色っぽい。副長の視線は、花葵の胸元に注がれている。


 なるほど、顔のつぎは胸のでかさ、というわけか・・・。おれは、そんな下世話なことを考えてしまった。


 それにしても、美男美女すぎるではないか。


 あらためてみると、副長の肌のなんときめ細かいことか・・・。 


 花葵は、あいにくいまは白粉でわからないが、芸妓としてふだんから気にかけているだろう。

 男性の副長の肌が、淡い灯火のなかでも白くてきめ細やかであるのがはっきりとわかる。

 美肌、というのだろうか?お手入れ用品の豊富な現代でも、ここまできれいな肌の男女はいないだろう。世の女性が狂喜乱舞しそうなほどの美肌・・・。


 副長のことだ、なにかやってるのだろうか。


「じつは、うちは花香はなか太夫にはほんまようしてもらいまして」

 花葵は、副長の返杯を受けながらきりだした。


 ん?花香太夫?副長の馴染みだったか?おれは、頸をひねった。


 万事に抜かりのない副長は、芸妓と遊ぶことでも慎重だ。ゆえに、馴染みをもたない。新撰組の副長の馴染みということで、芸妓自身が何者かに狙われぬようにとの配慮があるのだろう。


 視線を感じたので横をみると、原田がおれをみていた。そのイケメンには満面の笑みが浮かんでいる。


「副長はん、花香はなか太夫をご存知ないでっしゃろか?」

「あ?あ、あぁそうだな・・・」

 副長は、絶対にみ惚れていたに違いない。はっとわれにかえり、慌てて杯を呑みほした。なんと、呑めないはずの酒を、だ。


「花香太夫は、一年ほどまえに落籍れはって、いまは旦那はんと幸せに暮らしてはるはずやったんどす・・・。それやのに、旦那はん、帰ってきいひんうえに死ぬかもしれんゆうて。姉さん、えろう悲しんではります。副長はん、杯があいてますえ。それとも、口移しのほうがお好きでっしゃろか?」

 花葵は、いまや副長にしなだれかかるというよりかは完全に抱きついていた。


「ああ?ああ、ああ・・」

 猪口一杯で酔ったのか?副長はぽーっとしている。


 それにしても、なんて積極的な太夫なんだろう。おれは、その積極性に驚いた。


 そんな驚きのなか、花葵は酒を口に含むと、副長の頸に両腕をまわした。


 げええええ・・・。

 おれたちののまえで、花葵は副長の唇に自分のそれをあてたのである。

 いわゆるキス、というやつだ。そう、それだそれ。


 ななななんと、そのまま酒を口移ししている・・・。副長は、ぽーっとした表情のままされるがままだ。


 こくん、と副長の喉仏が動いたのがみえた。


「すげえな・・・」

 横から原田の声がきこえたような気がしたが、おれはもはやどうでもよかった。


 美男美女の濃厚なキスシーンというのか?あまりにも官能的すぎて、おれには刺激が強すぎる。


 花葵は、おもむろに唇を副長のそれからはなした。

 うわっ、酒か涎かはわからないが、互いの口から滴り落ちてゆく。花葵は、頸にまわしている腕に力を入れ、副長の顔をさらに近づけた。


「その旦那はんを助けておくんなはれ、副長はん。京ひろしといえど、旦那はんを助けられるのは副長はんだけや。お願いどす。うちは花香太夫に恩を返したいおもとります。副長はん、うちのためにその旦那はんを助けておくんなはれ」

 んん?なにか様子がおかしくないか。


「副長はん、あんたが死んでくれたら、すべてうまくおさまるんや」

 その一言で、おれは反射的に腰を浮かせていた。


 刹那、花葵の右の掌でなにかが光った。燭台の灯火が反射したのだ。仕込み刀だ。

 なんと、舞い用の扇子に仕込んでいたのだ。


 副長は、いまだぽーっとした表情で花葵をみつめているだけだ。

 副長らしくない。


「副長っ!」

 叫ぶのと、畳の上で脚を摺り足の要領で滑らせていたのがほぼ同時だった。が、突然、後ろから襟首を掴まれ、おれは失速してしまった。


「原田先生っ、いったいなにを・・・」

 おれは後ろを振り返り、原田をみ上げた。原田は、おれの襟首をつかんでいる。

 その原田に抗議した。


 その瞬間、おれたちのうしろで障子が勢いよく開く「すぱーん」という音がした。


 その音は、おれの耳にいやにおおきく響いた。

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