眠れる島原の傾城
「こんなときになんだが、「角屋」で待ち人がいる。副長、一時でいい。時間をくれやしねぇか?」
「馬鹿いってんじゃねぇよ、左之っ!おれがどんだけ忙しいかってこと、てめぇ、ちっともわかってねぇだろう、ええ?」
副長を「角屋」に連れてゆくのに、原田とおれは骨全身の骨を折りまくるほどがんばったのはいうまでもない。
万年忙しい副長だが、先日の坂本・中岡救済ミッションの影響で、よりいっそう忙しくなっている。
それでも、たらしの権化である副長は、原田のいう待ち人が女性であるということを独特のセンスで察したに違いない。ブツブツいいながらついてきた。
「角屋」の女将は、副長とおれたちをすぐに部屋にあげてくれた。
すでに宴席の準備は整っていた。
女将は「すぐに参りまっせ」と告げると、いつものように叩頭して障子を閉めた。
間もなく、障子の向こうに人影があらわれた。正座し、障子に掌をあてると「ごめんやす」と入室の許可をもとめた。
すごく澄んだ声だ、とおれは素直に感じた。
おれは女性に対して無頓着だ。というよりかは、いまは女性よりか相棒のほうが大切だ。すべての情熱を傾けている。もちろん、変な意味にではない。
街で通りすがりの女性が美しいだのスタイルがいいだの、と思うことはほとんどない。それよりも、あいつは怪しげだとかやばいんじゃないのか、というように職業病的な視点で周囲に気を配っている。
それは、幕末でも大差ない。
実際、こういう場でも幾度か芸妓をみている。町でもいろんな女性とすれ違っている。おまささんやお美津さんといった女性をきれいだなと思うことはあっても、それは世間一般的な評価だ。感動的にとか、くらくらきた、というレベルではない。
が、するすると静かに開いた障子の向こうにあらわれた女性は、こんなおれですらどきっとするほどの美女だった。まさしくこれこそが絶世の、と形容できるほどの。
そして、おれとは真逆の副長と原田もまた反応していた。経験豊富なかれらですら、その美貌にはっとさせられたのだろう。
「おまたせして、すんまへん」
京言葉に、副長はぶんぶんとイケメンを左右に振った。
「いや、いまきたばかりだ。入ってくれ」
そう応じた声音は、すくなからず裏返っているように感じられる。
「また化けるのですか?」
そのとき、俊春が俊冬に尋ねていたのを思いだした。
おれはすぐに、三つ指ついて叩頭しているその左掌をみた。
五本ある・・・。それでもまだ信じられず、面をあげた美女の顔をまじまじとみてしまった。その左の頬を。傷がない。白粉などで隠そうと思えば、実際、白粉を塗っているが、ここまで隠せるものか・・・。
おれは、隣に並ぶ原田をみた。原田ならみわけられるに違いないと思ったからだ。
事実、原田は坂本と中岡の変装をはじめとし、さまざまなことをみ破る眼力がある。
もっとも、そういう系のものばかりだが。
が、原田はおれの視線に気がつかないのか、じっと美女をみつめたままだ。
がちマジな美女なのだ。
わお・・・。