おねぇと副長と・・・
「町奉行でしばらく働いていたが、なすべきことをなしたいので新撰組か御陵衛士かどちらかの入隊を考えている。どちらも顔見知りがいるので、まずは話をききたい、と申しておきました。おねぇは兎も角、取り巻きどもは鼻がきく。わたしよりも弟をみかけたやもしれませぬゆえ」
俊冬は、そうきりだした。
俊冬までおねぇ呼ばわりしているところが笑える。
「あれは手に負えませぬな・・・」
俊冬は、小さく溜息を漏らしてから苦笑した。
「副長も罪な人だ」
そして、一言添えた。
「だろう?」
原田は、そう断言してからにやりと笑った。
「これならば、思想の違いやら信念の相違やら、のほうがまだ修復やあゆみよりができたでありましょう」
「男の嫉妬ほど厄介なもんはないからな・・・。いっそ、副長を押し倒しゃいいんだ。いや、副長に押し倒されるってのもあり、か?」
「ちょ、ちょっと待ってください」
おれは話がみえなかった。いや、みえている。正確には、推察している。だが、それがちゃんとみえていないことを願っている。推察も邪推であってほしいと正直、祈願している。
「致し方なし。正直申して気はすすまぬが、副長のほうも確かめねばなりますまい」
おれの待ったはスルーされた。
俊冬は、五本あるほうの掌で頬の傷を撫でながら、なにやら思案していた。が、ついになにかを決意したのか、一つ頷いた。
「やはり久方ぶりにやるのですね、兄上?」
俊春が囁くように尋ねた。
「姉上、道具一式をお貸しくだされ」
俊冬は、襖の奥に向かって叫んだ。同時に、勢いよく立ち上る。
「今宵、副長を島原にお連れしてくだされ」
「承知した。「角屋」だ。つぎはなにがでてくるんだ、えぇ俊冬?おまえら双子、いろいろ愉しませてくれるよな?」
原田は心底おかしいのか、にやにや笑いがとまらないようだ。
「原田先生と主計もぜひ」
俊冬は、そういい捨てると襖の奥へと消えた。
「松吉ですか?斎藤先生と他出しています」
残った俊春がそわそわしているので、そう教えてやった。すると、俊春がほっとした表情になった。
もうじき離れ離れになる、ということが俊春を不安にさせているのだろう。
「松吉に柳生の剣を伝授しないのですか?」
おれは控えめに尋ねた。
とはいえ、そうするにはもはや時間がない。それでも、その精神のひとかけらなりとも伝えられるのでは、と思ったのだ。
俊春は、庭で遊ぶ子どもらと相棒を眩しそうに眺めた。
「柳生の剣は、当人が望めば異母姉が叩き込んでくれる。わたしのは邪剣。人殺しの業・・・。松吉には正しくまっすぐな剣を学び、その道をあゆんでほしい・・・」
呟くようにいうと、俊春は口許を寂しげに歪めた。
そのタイミングで、奥から俊冬が俊春を呼んだ。
両肩をすくめ、部屋の奥へと去ってゆく俊春の背は、とても小さく寂寥感にあふれていた。