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よそのお宅でぜんざいよばれてまったりしよう

 おれの疑問をよそに、結局、松吉はいなかった。


 そう、斎藤と局長の別宅にいっていたのだ。

 松吉が沖田に剣術を習う為に、だ。


 斎藤は、白日の下に自分が姿をさらすことのリスクをともなっているにもかかわらず、ちゃんと付き添ってゆくあたり、やさしく責任感の強いことがよくわかる。

 子どもとはいえ、約束を破ったり信頼を裏切ったりすることをよしとしないに違いない。


 それは兎も角、おれたちは松吉に会えなかった。

 だが、おれたちはちゃっかりぜんざいをおよばれした。


 突然、大挙としておしよせた育ち盛りの集団をみても、柳生の女性たちはまったく動じることはなかった。


「かような寒い日は、ぜんざいがうまいでしょうな」、という原田の計画的社交辞令に対しても、即実践という形で対応してくれた。


 おれたちは、訪れた三十分後にはぜんざいに舌鼓をうっていた。島田のつくる汁粉が超絶甘い、という話をしながら。


 おそろしいことだが、どうやらおれはこの時代の甘さに慣れてしまったようだ。

 ぜんざいは、超絶うまかった。三杯もおかわりしてしまった。

 太るかも、という恐怖心は一杯目で封印した。

 そのぶん動けばいい。カロリーを消費すればいい・・・。それはまるでダイエット中のいいわけのごとし、だ。


 新撰組ここにいれば、いやでも動く。カロリーの消費も半端ないことはたしか。

 おれは、都合よくそのように結論を下した。


 心身ともにあたたまり満たされたころ、双子がやってきた。あ、いや、帰ってきた。


「おうっ、帰ってきたか?で、どうだった?」

「ちょっと、原田先生」

 ぜんざいを五杯腹におさめた原田は、客間で寝そべっていた。子どもらは、縁側に座って日向ぼっこをしている。


 ぱっと見は、あるのどかな家の風景、だ。が、全員がこの家の者どころか、なんの血のつながりもない赤の他人だ。あまりにも厚かましすぎる風景ではないか。


 そのうえ、客間に入ってきたこの家の者に、原田は寝そべったまま物憂げに尋ねたのである。

 おれは仰天し、原田に突っ込みを入れてしまったわけである。


「まぁ、香の匂い・・・」

 そのタイミングで、双子の異母姉がやってきた。奥の襖から入ってくるなり、双子の異母姉は眉を顰めた。

「またなのですね?あなたたち、いい加減になさい。左之さん、そこをどいてくださいな」

 胡坐をかくおれのまえを通りすぎ、双子の異母姉は原田をどかせ、双子に近づいた。


 また?いい加減になさい?左之さん?

 いくつものキーワードが、おれの頭のなかでぐるぐるまわっている。


「ここは、ぽかぽかとしていてじつに気持ちがよい。ついついくつろいでしまいますよ、お美津みつ殿」

 原田は甘えたようにいうと、畳の上を文字通りごろごろ転がりはじめた。

 げえええっ!おれは口中で叫びながら、上半身をのけぞらせてしまった。


 双子の異母姉はおみつというのか・・・。いや、そこじゃない。というか、かのじょの名前はだれもしらないだろう。

 しっている者がいたとしても、この家で世話になっている斎藤くらいのはずだ。いつの間にか名をききだし、甘えた声で会話する。しかも、なにか尋常でない雰囲気すら感じられるようになってきた。


 おみつさんは、そもそも副長のファンだったはず・・・。原田がそそのかしたのか?それとも、おみつさんは脈のない副長のことを諦めてしまったのか・・・。


 不倫・・・。その二文字が脳内をタップダンスしている。


「風呂屋によってきたのですが・・・」「兄上、着物に。たしかにまだ残っています」

 おれの動揺をよそに、双子はおれの真向かいに並んで座った。


「腹が減っています。姉上、朝餉を・・・」

「朝帰りなどして・・・。お愉しみあそばしたのでしょう?当家に素行の悪い者にだす食事などござりませぬ」

 俊春の懇願をぴしゃりとさえぎった上に、不良扱いして拒否るおみつさん。

 その横で、原田はまだごろごろ転がっている。


「お愉しみって、なにをしてきたのですか?わたしも愉しみたいな・・・」

 大人の会話に割って入ってきたのは、縁側で日向ぼっこをしていた市村と玉置だ。

「だめだだめだ」

 即座にだめだししたのは、おれと原田である。

「大人の愉しみ、というのは任務だ。ちっとも愉しいことじゃない」

「修練した陰間じゃあるまいし、わっぱじゃまだ痛いだけだ」

 おれと原田がかぶった。

「ええ?それはどういう意味?」

「原田先生っ!」

 つぎは市村とおれがかぶった。


「ひいいっ!」

 そのとき、原田の悲鳴が・・・。足許をみ下ろすと、寝転がっている原田の頭があった。そして、その鼻先三寸の位置に懐刀が突き刺さっている。畳にぶっすりと・・・。


「あらっ失礼いたしました、左之さん。掌がすべってしまいましたわ。鉄殿、良三殿、竹吉がそろそろを覚ます時分ころです。遊んでやってくださいな」

「あ、わたしが連れてきます」

 玉置が奥の部屋へと駆けてゆく。新撰組うちのキッズたちは、この屋敷内のことは勝手しったるのようだ。


 それにしても・・・。

 さすがは柳生の剣士。懐に忍ばせている懐刀を抜いたのはおろか、それを原田の鼻先三寸の位置に落とすとは・・・。

 まったくみえず、感じることさえさせなかった。


 というか、なんて怖ろしい・・・。

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