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御陵衛士の鉄砲撃ち

 いよいよ明日だ。明日の夜、局長と副長がおねぇに会い、その後、おねぇは油小路にある本光寺ほんこうじの前で暗殺される。その遺体は、御陵衛士たちを誘いだす餌として放置される。これが歴史的にも有名な「油小路事件」の序盤だ。


新撰組が放った小者の注進により、おねぇの遺体を引き取りに駆けつけた御陵衛士。潜みまちかまえていた新撰組隊士の攻撃により、藤堂、服部武雄はっとりたけお毛内有之助もうないありのすけが落命する。

 おねぇの弟である鈴木三樹三郎、篠原泰之進、加納鷲雄らは、薩摩藩邸に逃げ込んで難を逃れる。


 頭のなかで、ウィキやらそのほかさまざまな資料をめくりながら、おれはこの朝も相棒とともに子どもらの散歩にでかけた。子どもらと、ではない。あくまでも子どもらのために、である。


 この朝は原田がつきあってくれた。昨夜はあのまま帰宅せず、屯所に泊まったのだ。いや、厳密には兼定御殿に泊まった。


 おれは、原田がまさか獣とも?という、完璧に妄想チックになっている自分に驚いた。が、原田はそこまで変態ではないと結論づけた。当然だ、と信じて。それでも、相棒の身の安全を心の片隅で案じながら、原田が兼定御殿に泊まることを黙認したのである。


「油小路事件」という血なまぐさいストーリーから、ついつい変態系エロストーリーへと脱線してしまった。そこでようやく、子どもたちがだれかと話をしていることに気がついた。


 二人連れの武士だ。どちらもみたことのない顔だ。


「ちっ、御陵衛士の阿部あべ内海うつみだ」

 おれの隣で、原田が舌打ちとともに呟いた。


 それで、その二人が阿部十郎あべじゅうろう内海二郎うつみじろうであることをしった。

 

 阿部と内海といえば、事件の当日は薩摩藩から借りている銃の性能を試す意味もかね、鷹狩りにいっていて難を逃れるのだ。京に戻った際に御陵衛士で小者をしていた男に会い、事件のことをしり、そのまま薩摩藩邸に身を寄せる。


 たしか阿部は、ほかのおねぇ派のメンバーと違い、おねぇらが上洛するまでに新撰組に入隊して脱走した。その後、元新撰組隊士で新撰組の大坂出張所所長的な立場にあった谷万太郎たにまんたろうのところで活躍し復帰した。稀有な存在だろう。

 なんちゃってアウトローといったところか。


 阿部は背がひょろっと高く、みるからに尖った感じだ。「チョイ悪親父」と表現すればわかりやすいか・・・。

 とはいえ、そこまでの年齢ではないはずだ。あくまでもそういう感じ、である。

 

 一方、内海二郎は、名前もぱっとしないが当人はもっとぱっとしない外見である。中肉中背、どこにでもいそうななんの変哲もない男だ。

 正直、おねぇが連れていったなかにかれが入っていた、ということに驚きを禁じえない。

 ああ、おそらくは外見よりも中味が人一倍輝いているかなにかなのかもしれない。おそらくはそうなのだろう。

 おれのしるかれのウィキの情報は、いつ生まれたかと出身地、おねぇらと入隊、分離して御陵衛士になる。局長の襲撃に加わり、戊辰戦争には新政府軍として参加、という超シンプルなものだ。


 ただ、かれは明治二年以降の消息がわからず、ウィキも死没は「?」になっている。


「よう、原田さんじゃないか?」

 長身の阿部が気さくに声をかけてきた。その隣の内海は、相棒に必死に愛想笑いをしている。

 阿部も相棒をガン見している。相棒と視線があうと、「チョイ悪親父」の顔にやさしげな笑みが浮かんだ。


「よう、阿部さんじゃないか」

 原田は、生真面目な表情かおでそのままそっくり返した。

「元気そうだな、原田さん。また一杯やりたいもんだ」

 阿部は、「チョイ悪親父」の顔に今度はチョイ悪な笑みを浮かべた。

「おいおい、おれたちはいっさいの交流を禁じられてる。ここで「よう!」って挨拶しただけで、おれは帰営後に切腹をいい渡されるやもしれん。おれにもこいつらにも気軽に声をかけんでくれ」

 原田は、めずらしく辛辣だ。顎で子どもらを示しながらいい放った。


 阿部と内海は顔をみ合わせた。


「そりゃ悪かった。御陵衛士うちでは、かようなことはいっさいないもんでな」

 阿部もまた、辛辣に返してきた。それに同調するように、内海が小さく笑った。


御陵衛士うちは、隊士を恐怖で支配するようなことはいっさいないからな。それに、いっさいの行動が自由だ。危険な任務もない。なにより、トップ・・・がやさしくて聡明だ」

「そうそう、そのとおり。ボス・・は広い視野をもち、柔軟だ。時勢の流れもわかってらっしゃる」

 阿部がいい、内海がそれに追随した。それから、かれはまた小さく笑った。


 これはなんだ?あらての宗教勧誘の一種か?


「御陵衛士に入会すれば幸せになれます。おねぇ教祖のもとで徳をつみましょう」的な?もっとも、どういう系統の徳かは想像もしたくないが・・・。


 それは兎も角、おねぇは御陵衛士たちに英語を学ばせたということを思いだした。尊皇攘夷の精神こころと気概に溢れているわりには、異国の文化を認め、重要性がわかっていている。

 矛盾はしているが、ある意味柔軟性もあるということだろう。


「そりゃよかったな。トップにボスってか?うちのツートップ・・・・・も負けちゃいない。どちらも情が深く、よーっく物事をみたりきいたりしている・・・。おいっわっぱども、ぐずぐずするな。ぜんざい、喰いにゆくぞ」

 原田は、そういうなりとっととあるきだした。肩をいからせ、阿部と内海の間にわざとわりこみ通りすぎてゆく。


 子どもらと相棒が慌てて追いかけてゆく。

 もちろんおれも。


「相馬君だろう?伊東先生がいつもきみのことを話している。また、こっそり会いにきてやってくれ」

 社会人の常識として、おれは通りすぎる際に二人に会釈した。そのとき、阿部が囁いてきた。


 おれは、愛想笑いを浮かべるだけにとどめた。


「それにしても、原田先生がツートップという英語を使われるとは。それに、トップやボスの意味もわかってらっしゃる」

 阿部も内海も通りに佇んだまま、おれたちの背をみ送っている。

 おれは、笑いながら原田にいった。


 まえに外来語や略語、簡単な英語を面白おかしく披露したことがあった。そのなかに、たしかにツートップという言葉もあった。まさかそれを覚えていたとは・・・。


「ああ?英語をしってるのは、なにもおめぇだけじゃないだろう?あいつらのさっきのは、おねぇが好んでつかわしたがってるもんだ」

 原田は、そういってから豪快に笑った。


 なんてことだ。またしてもおねぇとの絡み・・とは・・・。


わっぱども、そっちじゃない。甘党屋で喰うほどおれたち・・・・は金子をもっちゃいない。松吉に会いにゆくついで・・・に、よばれるんだよ」

 いきつけの甘党屋の方角へと通りを曲がろうとした子どもらに、原田が怒鳴った。


 原田、あなたって人は・・・。しかも、甘党屋でおごるとなるとおれも支払わねばならなかったわけだ。


 原田左之助・・・。この男だけは、なにがあっても絶対に死なない。おれはそう確信した。 


 それにしても、阿部と内海はなにがいいたかったのだろう。

 明日、すなわちおねぇ襲撃の当日、二人はこの京にいない。鷹狩りにいくからだ。その二人がそろっておれたちのまえにあらわれた。もちろん、鷹狩りの準備かなにかのために、買いだしにでもきているのかもしれない。


 そのタイミングに、ばったり出会ったのだろうか・・・。

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