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超絶デンジャラスプレイ

「なるほど・・・。そういうことか」

 そのとき、局長が呟きながらえらのはったでかい顔を上下させた。

「そういうことかって、局長、なにがそういうことなのです?」

 さすがは井上だ。さりげなく話を振るのがうまい。


「じつは本日、二条城で黒谷あいづから忠告されたのだ」

黒谷あいづから?いったい、なんだって・・・?」

 隣に座す副長の質問に、局長は一つ頷いた。ごつい顎を太い指先でさすりながら、また口を開いた。

「家老の田中殿からだ。御陵衛士との接触は避けるようにと。先般の黒谷あいづでの隊士たちの切腹の件で、会津候が懸念されているらしい」

 おねぇ派の隊士たちの切腹事件のことだ。


「御陵衛士が薩摩の庇護をうけているということを、黒谷あいづも承知している。ここでわれらが衝突しようものなら、薩摩にいい口実を与えてしまうということだ」

 おれははっとした。俊冬をみると、向こうもおれをみていた。視線が合うと、俊冬のがふっと笑った。


 家老の田中にそういわしめたきっかけを作ったのがだれか、おれはいまのアイコンタクトでしった。


「下手にうごくな、ともいわれた。歳、黒谷あいづはわれわれの計画をも掴んでいるようだ」

「馬鹿な・・・。いまさら中止めれるものか」

 おねぇ暗殺計画を黒谷あいづに告げたのは、かくいう副長自身の懐刀である斎藤にちがいない。黒谷あいづの密偵といわれている斎藤、である。


 副長の眉間の皺がかなり濃い。副長は、これ以上にないほど眉間に皺を寄せまくり、しばらく瞼をとじていた。


「こっちがやめてもむこうはそうはしねぇ。薩摩の機嫌をとるために、こっちが殺られる道理などありゃしねぇからな」

「副長、黒谷あいづもしっているとなると、いまこの時期、おねぇが暗殺されれば、否、おねぇがたとえ豆腐の角に頭をぶつけて死んだとしても、すべて新撰組われわれのせいになります」

「いや、まさか豆腐に頭ぶつけて死にやせんだろう、いくらおねぇでも・・・」

 山崎の進言にすぐさま突っ込みを入れる原田。

「そこじゃないっ!」

 そして、声をそろえてだめだしするおれたち。


「歳、せめて時期をずらすなりできぬであろうか?新撰組われわれの士道、覚悟は黒谷あいづもよくわかっている。どう取り繕うとごまかせるとは思えぬ」

「かっちゃん、そのとおりだ。新撰組われわれの士道、覚悟はゆるがねぇ。たとえ黒谷あいづ将軍ぶたいち様がなんといおうとな」

 予想通り、局長の説得も副長にとっては油でしかない。

 

 豚一ぶたいち様とは、豚肉好きの徳川慶喜の二つ名である。父斉昭なりあきとおなじく、薩摩の豚を好んでいた、とウイキペディアに書かれていたと思う。だとすれば皮肉以外のなにものでもない。


「いいじゃねぇか、近藤さん?ごまかしは土方さんの得意とするところ。殺っちまえば、あとはどうにでもなる。先にあっちがしかけてきたんだ。おれたちに非はないはずだろう?」

 ああ、永倉・・・。さすがだといいたいが、ここは諌めてほしいところだ。


「なにをいってる、新八。おねぇも自身の高尚な思想とやらを実践するのに必死なんだよ。そこに薩摩がつけこみ、そそのかしてるだけだ。おねぇ自身、そうだな・・・。かわいさあまって憎さ百倍ってのか?兎に角、血を流すことだけが解決策じゃないんじゃないか、土方さん?」

 原田、おぉ原田・・・。いってることはわけがわからないし、突っ込みどころ満載だが「おねぇを暗殺したくない派」であることだけはわかった。


 それにしても、かわいさあまって憎さ百倍?

 おれはふと、原田もじつはおねぇが副長に惚れているのはないか、ということに気がついているのではと思った。


 同時に、俊冬の「ホーンテッド・ハウス」で双子に相談した翌日には、すでに黒谷あいづに話がいき、局長にプレッシャーがかけられたということに、おれは驚きを禁じえない。


 双子の力のなせる業なのだろうか・・・。


「副長」

 おれがいろいろ考えていると、副長の斜め前に座っている俊冬が口を開いた。

 賄い人とはいえ、双子は、新撰組に入隊してから副長をはじめとしたメンバー全員の呼称をかえていた。


 副長が無言で頷いて先を促すと、俊冬はつづけた。

「弟からおねぇというのが元参謀の伊東殿とききおよんでおります。伊東殿とは面識がございます。江戸でずいぶんと懇意にしていただきました。わすれられないほどに・・・」

 その説明に、二人をのぞいて全員がをみはり、口をあんぐりと開けた。

「おお、そうだったか。どうだ?なかなかのもんだったろう、ええ?」

 二人のうちの一人である原田は、斜め前から俊冬の前まで膝行し、まるで同志だといわんばかりに俊冬の華奢な両肩をばんばんと叩いた。


「ほう、柳生新陰流の其許が北辰一刀流を学ばれたと?」

 そして、いま一人は井上だ。局長の斜め前で、しきりにうんうんと頷いている。こちらはきっと、剣術においてのみの意味で捉えているに違いない。

 あぁ普通はそのはずだ、たぶん。


「で、おまえもか、俊春?どうだった、おねぇは?」

 さらなる原田の問い。全員が先の表情かおのまま、俊冬から俊春に視線を移した。

「兄上のほうが強い。わたしは、まだまだでした」

 おれの隣で、俊春は恥じ入るような声で答えた。おれは、思わず腰を浮かして膝立ちで後ろへ下がってしまった。


「ホーンテッド・ハウス」であれだけ密着してしまった。俊春の常人離れをした身体能力を加味しても、非常に危険だったわけだ。


 原田の顔の向こうに井上の驚きの表情かおがみえた。双子の弟の剣技のほうが、兄のそれよりすごいということをきいているからだろう。


「左之、戻れ」

 副長は、咳払いを一つした。それから、まるでペットの犬に命じるかのように原田にいった。

「主計、おめぇも座れ」

 わずかに声に動揺を感じたのは、おれだけだろうか。おれは、いわれるまま座りなおした。もちろん、俊春と微妙に間をあけて。


「なにせ、わたしの体躯に傷をつけたのですから」

 まるでなにごともなかったかのようにつづける俊冬。

「ああ、そっちか・・・。それにしても、弾丸たま斬るようなやつの体躯に傷つけるなんざ、さすがは北辰の皆伝だな。伊達じゃないってこった」

 神道無念流皆伝の永倉だ。心からほっとしたような声である。ほかの者も「そうだよなー、剣術のことだよなー」、とでもいうような表情かおになっている。


「さしものわたしもたま・・を斬るなどという危険なことは・・・。ですが、伊東殿はたいそう危険なことをお好みのようで、危うく斬られそうになりました。わたしもまだまだ未熟でしたゆえ。ですが、なんとか内股を斬られたくらいですみ申しました。伊東殿は、いまでもかようなことを好まれているのでしょうか、原田先生?」

「さあなー、若い時分ころはほれ、なんでも試したくなるだろう?そういう時期だったんじゃないのか」

「さようでしょうな、きっと。局長と副長にお許しをいただけるならば、われらは今宵のうちに旧交をあたため、伊東殿の様子を探ってまいりましょう。まぁ無論、お望みならばそのまま、いって・・・いただくというもありましょうが・・・。それはさすがにどなたにとっても本意ではありませぬでしょうから」

 俊冬と原田の会話が遠くなった。なぜなら、おれは腰を抜かし、気が急速に遠ざかったからだ。


 もうすこしで、どエスおねぇの超絶デンジャラスなプレイの餌食になるところだった・・・。


「主計、主計、そうだな、おれは、おれはおめぇに心から詫びるぜ。もうすこしで、おめぇをおねぇにするところだった。ああ、ぜってぇ、おめぇの体躯は女子おなごにされてた。間違いねぇ」

 ゆえに、副長の断言っぽい謝罪の言葉も、いっさい入ってこなかったのである。

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