ちょっとマジに世の情勢を語り合おう
「この後の情勢をどうみる、俊冬?」
副長は、世の情勢にあかるい俊冬に尋ねた。
室内は、上座に置かれた火鉢だけで充分あたたかい。蕎麦二杯で体があたたまっているから、余計にぽかぽかしている。
やばい、眠気が・・・。そっと周囲をうかがうと、対面に並んで胡坐をかいている永倉と原田が欠伸を噛み殺している。山崎と島田も瞳をしょぼつかせているのがわかった。
「薩長土、それに朝廷は幕府をこのままにしておくつもりはありませぬ。いかに大政奉還がなされ、あたらしき政府の要職に薩長土や公卿が就こうと、幕府の力はいまも健在。いつどうなるか・・・。そして、それは幕府側も同様。このまま薩長土を許し看過する気はありますまい」
「城で徹底抗戦を主張している幕臣はおおい。わたしも同様だ」
局長は、拳を握りしめおおきく頷きながらいった。
双子の弟が口を開きかけたのを、兄のほうがとどめた。
「なんだ?いいたいことがあるのならいってくれ。すくなくとも、おめぇらは世に通じている。おれたちのしらねぇことを、おめぇらはしっているんだ。教えてくれ」
副長だ。素直に頼むところなどは、よほど双子の技量に惚れこんだらしい。
「われらは、今上天皇と面識があり、有栖川熾仁親王や岩倉卿とも面識がございます。一方で幕府側、第十五代征夷大将軍は無論のこと、その側近の老中板倉勝静様や酒井忠惇様とも面識がございます」
俊冬はさらっといってのけたが、この人名の羅列がどれだけすごいことか・・・。永倉や原田はお眠の表情のまま、右耳から左耳へスルーしているだろう。
京都府警の署長室で、署員たちがコンビニから酒やらつまみやらを購入して持ち寄って雑談をしているとする。副署長の知り合いだという天皇家や国会議員のSPから、天皇や皇族、内閣の大臣たちの名を並べたてられているようなものだ。
いや、正直、価値観は現代より幕末のほうがよほどあるに違いない。なにせ、その尊顔を拝することなど、そこに仕えていてもあるかないかなのだ。
現代でTVや新聞やwebで観たり、詳細な情報を得ているのとは違う。この幕末の人たちにとっては、皇族や将軍家は雲の上の人間、いや、そもそも人間以上の感覚なのかもしれない。
「当人よりも周囲が厄介です。それぞれの保身、それ以上に地位の回復や向上、利権を得んが為に必死だからです。そして、すでに幕府側はその陥穽に陥っており、いまだにそのことに気がついておりませぬ。否、見識ある少数の御仁は、気がついていてもついていないふりをしているか、あるいはなにもできぬままでいます。後手にまわっている側は弱い。さらには、いかなる武器策略よりも強力なものを、薩長土はもっております」
おれには俊冬のいいたいことがよくわかった。おれが驚いたのは、俊冬がそこまでしっているということだ。
御庭番や公儀隠密同心が実際のところどういうものかはよくわからないが、そこまで調べられるものなのか、あるいはしる術があるのか・・・。
「つまり、戦になるってことか?連中は帝をまえにおし立てて、幕府を征伐しようってのか?」
さすがは副長だ。難解、曖昧ともいえる俊冬の解説に、即座にそう結論付けたのである。
当たりだ。だが、それはおれたちにとって、あまりいい気のしない結論であることはいうまでもない。
「なんだと?かような卑劣なことを・・・」
副長の推測で、局長や永倉たちもようやく事の重大さに気がついたらしい。
幕府「命!」の局長は、とくにショックだったようだ。「ぎりぎり」と音がきこえてきそうなほど、両方の拳が握りしめられている。
「俊冬のいってることは誠か、主計?」
またしても副長の直球だ。しかも剛速球。おれは、バッターボックスに立ってバットを構えきっていないうちに、その剛速球がキャッチャーミットに吸い込まれるのをただ呆然とみ送るしかなかった。
ゆえに、とっさに一つ頷いただけだ。
「戦になることも、薩長土、岩倉卿が帝を擁することも、俊冬殿のおっしゃるとおりです」
気をとりなおし、おれはそう告げた。刹那の沈黙。
燭台の灯心が燃えるチリチリという音、それから火鉢の炭が爆ぜるかすかなそれが、室内を圧した。
「連中のしそうなことだな。そうでもしなけりゃ、おれたちに勝てないらしい」
「ああ、左之のいうとおり。小賢しい策を弄さないと戦もできぬってこった」
さすがは原田、それに永倉だ。しばしの間の後、二人が苦笑とともにいった。
ムードメーカーでもある二人らしい。
が、そう嘯いたかれら自身、それが強がりだということをわかっている。
薩長土が抱えるのは、なにも帝だけではない。最新式の銃火器をしこたま買い入れ、練兵し、いつでも開戦できるよう備えているからだ。
すべては、徳川幕府を潰すために・・・。