指南する者とは?コンビの関係性とは?
不覚にも涙がでそうになった。いや、でてしまった。着物の袖でそれを慌てて拭った。斎藤にみられていないかとこっそりみると、かれもまたあらぬ方角へと顔をそむけ、着物の袖で顔を拭っている。
それから相棒をみた。相棒もおれをみていた。が、ふんと鼻を鳴らしてからその鼻を松吉の顔にちかづけた。小さな瞳から落ちる涙をぺろぺろとなめてやっている。
ちょっとまったー!おれは、心中でだめだししてしまった。
俊春が泣いていたときも、相棒はその涙をなめていた。俊冬にもよりそっていた。そして、松吉にも・・・。
なにゆえ?なぜ?Why?おれだけ涙をなめたり寄り添ってくれないんだ・・・?
おれはショックのあまり、この感動のワンシーンを台無しにするところだった。
「そうだ」
斎藤が明るい調子でいった。泣いてなどなかったかのように。それから、おれの隣で膝を折り、松吉に目線を合わせた。
「松吉、わたしの剣は、そうだな、あまり性質のいいものではない」
斎藤・・・。これまでのほとんどが暗殺につかってきた剣ゆえに、性質がよくないといいたいのだろうか。
「それに、わたしは教え方が上手ではない。だが、教え方がうまく、いい性質の剣を遣う者をしっている。どうだ、明日、連れていってやろう。病で臥せっているが、教えることならできるだろうから」
おれはすぐにぴんときた。
斎藤、いきなことを考えついたものだ。グッドアイデアだと思った。
「松吉、その剣士は松吉の父上が尊敬する剣士。がんばって教えてもらって、父上を驚かせてやろう」
だから、そうはっぱをかけてしまった。
なにせ時間がない。真剣を正眼に構えることができるようになるのが関の山だろう。
「はい。お願いいたします」
小さな顔に華が咲いた。とてもいい笑顔だ、と心底思った。
同時に、斎藤のウイットに脱帽した。
沖田と俊春の勝負は、すでに局長を通じてしらされている。沖田は、躊躇せず「お受けします。いえ、こちらからお願いしたいくらだ」と応じたらしい。
対戦相手の息子を鍛錬する。もちろん、教えたからといって松吉が俊春に理心流の弱点や特徴を教えられるわけもない。それ以前に、床に臥せっている沖田が、はたしてどれだけ教えられるかのほうが正直、わからない。
だが、沖田にとってはいい刺激になるだろう。さらに前向きになれるだろう。
松吉から得物を返してもらい、それを右腰に佩いた斎藤は、松吉の掌をひきながら屋敷に入っていった。
おれは、その大小2つの背を門の外でしずかにみ送った。
「さて、相棒。おれたちコンビだったよな?コンビの意味がわかってるか?つねに相手を想い、尽くす。それはコンビが解消されるまでつづく。病めるときも健やかなるときも、だ。それがいったいなんだ?おれになにか不満があるのか?あるのならいってくれ・・・」
おれは、おれたちの関係をはっきりすべく、相棒と向き合った。
「うざっ、と申しておる」
うおっ・・・。背後から囁かれ、おれはまたしても飛び上がりそうになった。
もちろん、それは気配もなにもさせない双子であることはいうまでもない。
「ところで、うざっとはなんなのです、兄上?」
俊春は、顔を右に左に傾げながら兄貴に問うた。
教えてやるものか・・・。おれは、餓鬼みたいに意地悪く誓った。
それにしても、相棒に「うざっ」って思われているなんて・・・。うう・・・。