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松吉と斎藤

 双子が火の始末をしてから俊春の屋敷に戻るというので、おれは相棒と屯所に戻ることにした。


 なんだかんだといって、俊冬も寂しがり屋さんなのに違いない。


 しかも毎夜、斎藤も含めて刀や剣術談義に花を咲かせているそうだ。そして、それが加熱しすぎてしまい、ついにはさしておおきくもない庭にでて稽古までする始末らしい。

 子どもらが寝付けない、とそのたびに双子の異母姉に叱られるそうだ。

 それでもこそこそやっていると、異母姉はしまってあるはずの蟇肌竹刀をもちだしてきて、散々に打つそうだ。双子だけでなく斎藤までも。


 おれは、その図を脳裏で思い描き、一人おもしろがってしまった。


 俊春の屋敷のまえを通りかかったとき、門のうちに人影を感じた。おれは飛び上がりそうになった。いや、実際、飛び上がったかもしれない。

 先ほどの怪奇現象を思いだしたからだ。

 が、おれの左脚後ろにいる相棒が、「くーん」と甘えた声をだした。


「やあ、主計」

 門のうちからでてきたのは、斎藤だった。その後ろから、松吉がちょこちょことついてきている。しかも胸元に太刀を抱えて。


「斎藤先生?かような時刻に、いったい・・・」

 尋ねると、斎藤の相貌に爽やかな笑みが浮かんだ。今宵は満月。この京の町を照らす大きなお月様が、おれたちを睥睨している。ネオンや街灯のないこの世界では、月光は眩しいくらいの明るさだ。


「松吉と稽古だ。あぁ重いだろう、貸しなさい」

 松吉が抱えていたのは、どうやら斎藤の「鬼神丸」だったようだ。

 だが、松吉は「鬼神丸」を胸元にぎゅっと抱きしめ離そうとしない。

鬼神丸それ」は、幼い松吉にはずいぶんとおおきく不釣合いにみえた。


「双子は?」

 斎藤は咎めるわけでもなく、おれに顔を寄せるとそう尋ねた。

「しばらくすれば戻ってくるかと。それにしても、斎藤先生が子ども好きだとは・・・」

 ウイキペディアであってもそれ以外の資料であっても、そんな情報はなかった。ついでにいうなら、あらゆる小説、漫画、ゲームといった創作の世界ですら描かれていなかったように思う。


「好きでも嫌いでもない。しいていうなら、子どもを殺れ、といわれたらいい気はせぬということくらいか」

 ああ、やはり斎藤だ。


「わたしに刀の遣い方を教えてほしい、と申すのでな。一宿一飯の恩義に報いるため、双子の留守中に指南しているわけだ。あぁ無論、ほぼ我流のわたしなどより、双子にちゃんとした柳生の剣をと申したし、それ以前に、松吉がかような年齢としから刀を握っているということをしったら、父上はいい顔をせぬはずだとも申した」

 斎藤は、饒舌に語ってくれた。


 そんなかれの顔色が、ついこのまえよりもずいぶんとよくなってるのが月明かりの下でもよくわかった。

 副長の隠れ家より俊春の屋敷に移り住み、人間ひとらしい食事をし、規則正しい生活を送っているからに違いない。


「が、どうしても習いたい、と。できれば父には内緒で、とな・・・」

 斎藤は、そういってから両肩をすくめた。

 なんだかんだといいながら、斎藤はやさしいのだ。

 おれは、両膝を折ると松吉と目線を合わせた。


 思えば、原田の刀の鞘を探しているときにこの松吉と出会わなければ、どうなっていただろうか。

 坂本・中岡両名を救うことはできたのだろうか・・・。

 これもまたえにし・・・。おれは、幼い子のをみながら、それをあらためて感じた。


「松吉、なにゆえ急に?剣術を習うのだったら、まずは竹刀で素振りからだ。いきなり真剣というのは順序が逆だし、斎藤先生のおっしゃるとおり父上はいい顔をされ・・・」

「父上ではありませぬ」

 松吉は、その一言でおれの言葉をさえぎった。

 おれと斎藤は思わず視線を合わせていた。

「まことの父上ではありませぬ。母上もまことの母上ではありませぬ。竹吉たけきちもまことの弟ではありませぬ」

 おれは、このときはじめて赤子が竹吉という名前だとしった。もちろん、ここで空気を乱すようなことはしない。が、臨機応変とは無縁の超杓子定規の斎藤はどうだろうか。再度、おれは斎藤をみた。かれもおれをみた。そしてやはり、口をひらけようとした。


 そのおれのはらはらを見越したかのように、松吉がつづけた。

「なれど、わたしには父上でございます。母上でございます。弟でございます。丹波にゆきましたら、わたしが父上にかわり、母上と弟を、それからお祖母ばあ様を護らねばなりませぬ。父上と別れるまでに、松吉は父上のかわりを務められるということを示し、父上に安堵いただきたいのです」

 松吉は、思いのたけをいっきに綴り、それから涙をぽろぽろ落としつつしゃくりあげた。


 その小さな胸に抱かれる「鬼神丸」も、鞘のなかで幼子の想いを感じているに違いない。

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