チキンと龍の真実
「それで、今宵の話とは?」
俊冬は、ここまで前ふりをしておいてがらりと話題をかえた。
「いえ、ちょっとまってください。どうも落ち着いて話ができそうにありません」
「なにゆえだ?」
「なにゆえって・・・。それはそうでしょう、ここになにがいるかわからないのです・・・」
「案ずるな。刃を振りかざして襲ってきたり、槍で突いてきたりはせぬ。生者より害はない」
「そういう問題ではないでしょう?精神的に悪いのです。それに、憑りつかれでもしたら・・・」
「案ずるな。われらは陰陽師や祈祷師の経験もある」
「陰陽師に祈祷師ですって?そんなものにまで化けるのですか?いや、そんな話でもありませんよ、俊冬殿」
おれのチキンぶりをよそに、相棒はまだ一点をみつめていたが、ふとおれをみた。視線が合うと、はあっとあからさまに溜息をついた。
それから、何事もなかったかのようにまた寝そべった。
「臆病者、と呆れて・・・」
「ええ、わかっています」
おれは、相棒の気持ちを忖度した俊春の解説をぴしゃりと妨げた。
「どうやらおさまったようだ。それで?」
またしてもわが道をゆく的に尋ねてくる俊冬。
双子には不思議な力があるといわれているが、それは双子間同士のことかと思っていた。この双子は、普通の双子ではない。ああ、もちろん、すでにそれはわかっているが、常人にはみえないものがみえたり、きこえないものがきこえたり、とそっち系にも強いらしい。
きっと、宇宙とも交信できたりするのだろう。
「宇宙?空のことか?あいにく、竹取物語のごとく空からはなにも得たことはない」
おれの驚愕の表情が、俊冬の生真面目な表情のなかにある黒い瞳に映っている。
それが一瞬揺らめいたのは、風もないのに燭台の灯心の炎が揺らめいたからだ。
やはり、おれの考えていることがわかっている。
それとはべつに、すぐさま竹取物語を連想するあたり、教養もかなりのものだ。
とても犬猫のような扱いで育った男とは思えない。
それとも、ほかのおおくの偉人などとおなじように、数少ない方法のなかで最善を尽くし、学んだのだろうか・・・。
いや、それよりもこちらのことを見透かしている、ということのほうが解せない。
「申し訳ありません。ご相談したいことがあったものですから・・・」
おれは、動揺をおし隠しながら、とはいえ隠せていないだろうが、とりあえずは本題に入ることにした。
「そのまえに、先日、坂本・中岡を救うようにとの密命を受けた、と仰っていましたよね?差し支えなければ、どなたから受けたのか教えていただけませんか?」
ずっと気になっていたことだ。だめもとでききたかったのである。
しばしの間の後、俊冬は小さく笑った。そういえば、双子はおれとそんなに年齢がかわらないはずだ。しかも、二人ともそこそこイケメンだ。そう、副長や原田といった派手な類のものではなく、落ち着いて地味なイケメンといった感じか。味のある男前というか。
そうだ、男前、この表現がぴったりだ。
「副長の隠れ家で、坂本は弟に気がついた。じつは、江戸で会ったことがある。そのときはわたしも紋付袴姿だった。が、先日はちがった。ゆえに気がつかなかったのであろう。その会った場所、それは坂本が師と仰ぐある幕臣の屋敷であったが、その幕臣の直訴だろう。直接下されたのは先の将軍家。それとはべつに、福井の松平様、そして、会津中将からも」
坂本の師とは、いわずとしれた勝海舟である。先の将軍とは徳川家茂である。双子は、もともと家茂にも仕えていた。勝の頼みで家茂がそれをききいれたのだろう。
そして、福井の松平とは松平春嶽のことである。だが、福井藩の手先も見張っていた、と。
「よほど案じられていたのだろう。春嶽候は、たいそう用心深い御方。それと、会津の手代木は、単身、というよりかは、弟の佐々木からそそのかされたかなにかしたのであろう。佐々木自身は、おそらく幕臣のだれかから命を受け、兄に相談したに違いない。会津中将は、おおっぴらには坂本を擁護するわけにはいかぬ。が、将軍家をも救おうとしている坂本の考えと坂本自身の人柄には好感を抱かれている」
あの剣術試合の後の「船中八策」のプレゼン。会津候は、あのプレゼンに感銘を受けたに違いない。が、やはり公人としてはどうしようもできなかったのだ。
「われらは、先の将軍家より福井と会津を守護するようにとも仰せつかっている。ゆえに、お二方の命に従ったわけだ。これで、おぬしの得たかったものの答えになったであろうか、相馬殿?」
おれは、勢いよく頷いた。「主計です。おれは、新撰組では下っ端です」笑いながら、そういい添えた。
「なれば、われらとおなじだ、主計」
俊冬もまた笑った。そして、俊春も。
その笑って二人の顔に笑窪ができている。とてもいい笑顔だと、おれはつくづく思った。
怪奇現象を忘れさせてくれるぐらいに・・・。