生かす理由と言い訳
おれは、おねぇを生かしておくべき理由を考えてみた。
プラスになることはあるのか。
暗殺したことにより、将来、新政府軍から容疑をかけられる。その為に大石は斬首される。近藤局長の斬首の理由の1つにもあげられるだろう。そして、このすぐ後に起こる意趣返し。
二条城から戻る、あぁこのときには新撰組はいまのこの屯所から伏見奉行所に移っているのだが、局長がその帰営途中、生き残って薩摩に逃げ込んだ御陵衛士の残党によって狙撃の上襲撃されることになる。その狙撃で局長は右肩を撃たれて重症を負い、護衛していた隊士1名と馬の口取りをしていた小者が死ぬ。
それだけではない。
その直前、病床の沖田が襲われる。御陵衛士の残党である新井忠雄、佐原太郎、そして内海二郎の三名に。
が、お孝さんの機転により、沖田は難を逃れる。
まてよ・・・。おれは、最初の要点のところでとんでもないことに思いいたった。
このすぐ後、具体的にはひと月あまり後、薩長土や岩倉をはじめとした連中が結託し、幕府の息の根を止めようと開戦にこぎつける。錦旗をうちたて、新政府軍として旧幕府の関係者を掃討してゆくのだ。
そのようななか、新撰組はほかのおおくの旧幕府の関係者とともに転戦を重ね、最終的には北海道、もとい蝦夷に渡り、そこで終戦を迎える。
近藤局長は、もっとはやい時期に自ら新政府軍に降り斬首される。永倉と原田は、東京、もとい江戸で袂をわかつ。沖田は江戸で療養中に病死。斎藤は会津で終戦を迎える。
近藤局長にかわって局長になる土方副長は、蝦夷で戦死。
その後をついで局長になり、新撰組最後の局長となった男。
その男もまた、おねぇ暗殺の容疑をかけられる。そして、伊豆の新島に流されるのだ。
その男の名前・・・。それが相馬主計なのである。
新撰組がおねぇを殺害したことは間違いない。だが、相馬はそのメンバーに入っていなかった。百歩譲っておねぇ殺害後の御料衛士たちとの争いに加わっていたとしても、おねぇに直接引導を渡したわけではないことだけは確かだ。
おねぇ暗殺の容疑は、それこそていのいいいい訳にすぎない。なんらかの容疑をつけなければ処断できないからだ。一種のスケープゴートだ。事実、その数年後には放免されている。
それは兎も角、もしもおねぇが暗殺されなければ、その直後に起こる「油小路事件」と呼ばれるようになる御陵衛士たちとの戦いがなければ・・・。
無駄な血を流さずにすむだろうか。そして、近藤局長が撃たれることはないのだろうか。
はたして、それを阻止できるのか。
いや、たとえ阻止できたとして、歴史がおおいにかわってしまう。それこそ、坂本と中岡のときのように偽装でもしないかぎりは・・・。
いやいや、その阻止じたいもやはり難しい。なぜなら、副長がいるからだ。
副長を説得する?そんなことできるわけがない。
だとすれば、おねぇのほうにもちかけ、みずから舞台を降りてどこかに消えてもらうか・・・。
あるいは、近藤局長を説得の上、局長命令で計画を頓挫させるか・・・。
いずれにしても、これまでの詳細な事情をしらないおれ一人ではどうしようもない。
ふと、双子のことに思いいたった。
部外者だが、幕府や朝廷に伝があるかもしれない。
たとえば、黒谷などから「手をだすな」という沙汰があれば、さすがの副長もその沙汰に従わざるをえないだろう。
さらに、尊王派のおねぇだ。朝廷からなんらかのアクションがあれば、局長や副長を狙うのをあきらめるだろう。
藤堂も離れやすくなるはずだ。
だが、そうなるとやはり歴史がかわってしまう・・・。
いや、もう未来のことはどうでもいい。身勝手だが、幾人もの生命のほうが、未来に残る史実なり仮説などよりよほど大事ではないか。
言葉を交わし、スキンシップをとった以上、いや、誤解のないよういっておくが、それはBL的スキンシップではなく、世間一般の男同士の接触のことだ、もちろん。
なにかしらの接触があった以上、殺る側にいてそれをみてみぬふりをすることなどできるはずもない。
もちろん、おれもすべてを救えるとは思えない。事実、武田観柳斎をはじめとした数名の隊士の粛清を目の当たりにしているのだから。
兎に角、おれは、おねぇを殺したくない。身勝手すぎるが・・・。
おれは、ついに腹をくくった。