気になることがいっぱーい
「副長とお二方にご相談があります」
おれは、局長が部屋を辞した後に思いきってきりだした。気にかかっていることの一つを相談したかったのだ。
「松吉が丹波に経つ際に、一人、連れていってほしい者がおります」
「だれだそりゃ?」
局長が去った後、いつもの上座についた副長はせっかちにきいてきた。
「良三、玉置良三です」
「良三?なにゆえだ?たしかに、どちらかといやぁ文学肌だ。新撰組より「なんたら塾」に通ったほうがひとかどの者になれるだろうよ・・・」
副長と視線があった。双子もおれをみている。
おれは、またしても違和感に襲われた。これまでにないほどの。
なんとも表現のしようのない、既視感というか安堵感というか・・・。
「死ぬのか、良三は?」
副長がその一言でおれを奇妙な空間から救いだしてくれた。
双子にはおれのことを告げていないが、すでにしっていて受け入れてくれている。なにゆえかそう確信していた。だから、かれらにはなにもいっていないし、かれらもきいてこない。
おれは一つ頷いた。
「労咳です。すでに罹患しているかもしれません。わかっているかぎりでは、いまから数年後です。労咳になれば助からないかもしれません。死は免れないかも。ですが、環境がかわりのんびり過ごすことができれば、もしかすると・・・」
おれは正直はらはらしていた。沖田のことがあるからだ。副長は、どうしても沖田とかぶせてしまうだろう。
「わかった。わかっていて新撰組に置いておくほどおれも鬼ではない。俊冬?」
「承知いたしました。義母と異母姉に話してみましょう。かれの親御さんは?日野の子でしょうか?」
「いや、日野とは関係ない。京で入隊したはずだ。そういや、なにもきいちゃいねぇな」
「雑談をしたときに、親兄弟はいないと。隊士のなかに知り合いか親類だかがいて、転がり込んだようです」
おれは、知りうるかぎりの情報を述べた。
「小柄な子ですね。わかります。あの子なら、義母も異母姉も喜んで連れていってくれるでしょう。もっとも、新撰組の子たちならだれでもおなじでしょうが。松吉も・・・」
俊春は、そこまでいってしばし口を閉じた。
「寂しくないでしょう・・・」
寂しいのは、かれもおなじなのだ。
おれは、兼定御殿で相棒の毛を櫛ですいてやっていた。
剛毛だ。なんてかたいんだ。
専用のブラシではないが、そこそこにすいてやれる。これがおまささんのおさがりではなく、怪しげな素材でつくられている櫛だったら、何度かすいたら櫛の歯が折れてしまうかもしれない。
これがポメラニアンやチャウチャウだったら、もふもふしていて気持ちいいだろう。もふもふしていてとってもとっても気持ちいいだろう。
伏せの姿勢の相棒の背を櫛ですきながら、おれは相棒にいった。
「おまえ、マジで双子の気持ちがわかるのか?」
すると、顎を床につけていた相棒の頭があがり、わずかに傾いた。おれを上目遣いにじっとみつめる黒い瞳。またしても違和感に襲われてしまう。しかも、それが副長や双子のそれとだぶってしまった。おれは動揺した。なにゆえ、そう感じるのか?
得体のしれぬ焦燥に、おれの背がぞくぞくした。
「いや、違うぞ相棒、べつにやっかんでるわけじゃない」
べつにいいのに、おれは笑いながらごまかしていた。
相棒の黒い鼻がおれの左掌にあたった。冷たい。うむ、しっかり湿り気を帯びている・・・。
いや、違う。相棒の健康状態を忖度している場合ではない。
「あぁくそっ・・・。そうだ、いまはこのことより危急の事態に対処せねば・・・」
おれは、相棒の鼻づらを撫でながら頭を振った。
そう、このこと以前に考えねばならぬことがあるのだ。
おねぇ暗殺計画。13日、すでに2日後に迫っている。
そう、坂本龍馬の死の3日後、中岡慎太郎のそれの翌日、おねぇは新選組によって暗殺されたのである。
おっと、おねぇの本名がすぐにでてこなかったではないか・・・。
伊東・・・。そう、伊東甲子太郎だ。