捕縛
その店の路地に入る。
京独特の鰻の寝床のような造りで、壁がやたらと長くつづいている。
全速力で路地を駆けてゆく相棒のあとを、山崎とともにつづく。
相棒の動きについてゆけるよう、日頃からジョギングをしているが、全速力の相棒を追うのは骨が折れる。
驚いたことに、山崎はぴったりうしろについて駆けている。
しかも、町人風の表情を崩すことなく平気な顔をして。
新撰組での隊務がよほど過酷なのか、それとも、街中での移動手段といえばみずからの脚が主流のこの時代だからか、兎に角、体力は十二分にあるのかもしれない。
壁の途切れ目が、夜目にもわかる。
ようやく、といったところか。
相棒の姿は、直角に曲がったことで認められない。
「ぎゃっ」
そのとき、尻尾を踏まれた猫のような悲鳴が、静寂満ちる路地に響いた。
つづいて「近寄るな、くそっ」、とくぐもった声音。
「気をつけろ」
山崎にうしろから襟首をつかまれる。
脚を止め、呼吸を整えながら姿勢を低くする。それから、壁からそっと顔をだす。
頭巾をかぶった二本差しが、自分のゆく手を阻む相棒を、左掌にもつ提燈で威嚇している。
威嚇の唸り声を上げる相棒。
提燈の淡い光のなかで、その鼻がひくひくしているのがみえる。
「武田だ」
山崎がうしろから囁く。
「離れろ!」
相棒に指示する。
相棒は、威嚇しながらするすると後退する。
現代の犯罪は、グローバル化している。
チャイニーズマフィアなどの組織犯罪も含め、外国人のからむ事件事故もおおい。それらは、外国人が被害者である場合もあれば、犯人である場合もある。つまり、警察官も英語だけでは事足りない。
ゆえに、英語以外に中国語とドイツ語が日常会話くらいはできる。それらを、相棒にも使う。追う相手によって、使い分けるわけだ。
もちろん、おおくは日本語での指示である。
「武田先生、局長の命により、あなたを捕縛します」
山崎が告げる。
令状などはない。ついでに、警察手帳も。
武田にとって「局長の命」の一言が、令状どころか死刑の判決と同様の効果をもっている。
実際、捕縛されれば切腹である。
「山崎、見逃してくれ・・・。頼む、礼ははずむ。なっ、頼む・・・」
背を向けたまま、武田は頭巾の下で懇願する。
その内容のわりには、どこか高飛車なものも感じられる。
「わたしが副長の子飼いだということを、よくご存知でしょう、武田先生?それに、卑しい町人だ」
山崎の声音は、冷ややかだ。
山崎が町人出身であることで、二人の間になにかあったことがうかがえる。
そして、武田は副長ともなんらかの確執があったに違いない。
捕縛の命をだしたのは副長だ。
局長は、隊の実質的な命令系統は副長に一任している。
それだけ、幼馴染である副長を信頼しているのである。
「そんなことを申すな、山崎」
武田が、ゆっくりこちらを振り返る。
その右の指先が、懐に入っているのを見逃さない。
「山崎さんっ」
咄嗟に、うしろの山崎を突き飛ばす。
おれ自身は、武田との間合いを詰めようと、体が勝手に動いている。
「かかれ!」
相棒に指示をだしながら、武田との間を詰める。すでに近間に入っており、視界の隅に懐から拳銃があらわれたのが映る。
体が勝手に動く。じつに自然な動作で、得物を抜きはなつ。
指示を受けた相棒が、武田の提燈をもつ手首に噛みつく。
「ぎゃあっ!」
提燈が地に落ち、灯が消える。
「之定」を抜いてから逆刃に握り直し、そのまま逆刃を武田の鳩尾に叩きつける。
低い呻き声、拳銃が地に落ちる鈍い音・・・。
どさり、とおおきな塊が地に落ちた音がつづく。
「驚いたな・・・」
静寂が戻ってしばらくすると、山崎の呟きがきこえてきた。
武田は、「兼定」と「之定」によって捕まった。