入隊あいなるか
「小六、鳶、すまねぇが残ってくれ。おれたちが去ってしばらく経ったら、中村らに活を入れて気づかせてほしい。あとは自身らでどうにかするだろうよ」
「承知いたしやした」「お任せを」
目明しコンビが笑って了承した。
「おいっおめぇら、そこいらでのびてる連中を一つところに集めておけ」
やつぎばやに指示が飛んでゆく。
「さっさと戻る・・・」
「おっ、朝餉だ、朝餉。おい、とっとと美人剣士のお宅にゆくぞ」
副長のさらなる指示にかぶせ、原田の怒鳴り声が静かな神域に響き渡った。
「左之っ!てめぇっ・・・。ああ、いって斬られちまえ」
「おおっ!だったら腹、斬ってもらわぁ」
まったくもう・・・。こんなときでも明るい原田はさすがである。
「父上っ!」
松吉の叫びだ。
そちらをみると、松吉が残心を終えた俊春に駆け寄っていた。俊春は、立ち上がりかけていたがふたたび膝を折った。
そして、なにもいわずそのまま松吉を胸に引き寄せしっかりと抱きしめた。
その様子を、新撰組のキッズたちも涙ぐんでみている。
「俊冬、新撰組にきてほしい。おれには、腕がたつだけでなく利巧で胆力のあるやつが必要だ。これは頼みだ。おれを助けてほしい」
弟のところへゆこうとしていた俊冬を呼びとめ、副長がいった。それは、本人が「頼み」といっているわりには、かなり高飛車な命令のようにきこえた。
おれだけでなく、永倉も斎藤、原田もその二人に注目した。
子どもらの歓声と、気絶した男たちを運ぶ山崎らの声が静かな神域にうるさいくらいに響いている。
どこからともなく、一羽の雀が飛翔してきて俊冬の頭上をまわった。俊冬が四本しかない掌を上げると、雀は降りてきてその掌の上で小さな翼をたたんだ。
「くーん」
おれの足許で、相棒が甘えた声をあげた。驚いてみおろしてしまったが、俊冬もまた犬の気持ちがわかり、犬も俊冬のそれを解しているということを思いだした。だから、頷いてみせた。
おれの足許から俊冬の足許へと移動し、そこにお座りした。それから、鼻面を俊冬の五本ある掌におしつけた。
掌がすぐに相棒の頭へと移動し、そのまま愛おしそうに撫ではじめる。
「新撰組の道場で、弟は愉しそうでしたか?」
俊冬はまったく関係のないことをきいてきた。
「ああ、ずっと笑ってた。笑いながら、おれたちをぼこぼこにうちのめしてくれたよ」
永倉が苦笑とともに応じると、その横で斎藤がいつものようにさわやかな笑みとともに引き継いだ。
「あんなふうに愉しそうに剣術をするものだから、こちらまで愉しくなってしまった。笑いながらぼこぼこにうちのめされたな?」
最後の疑問形はおれに向けられたものだ。
「ええ、あれだけ愉しそうにされたら、いっそこちらもすがすがしいくらいにうちのめされてしまう」
おれもそう答えた。
俊冬は、苦笑とともに頷いた。
「よほどうれしかったのでしょう。道場で練習するなど、これまでほぼ皆無。しかも、剣豪相手に練習するなど、弟にとってはなによりの幸せ・・・」
右掌で相棒を撫でつづけている。左掌の上には雀が右に左に頭を傾げ、俊冬をみあげている。
「もう大丈夫、仲間のもとへおゆき。わたしもそうするから」
俊冬は、そうつぶやくと左掌をわずかに動かした。すると、雀は小さな両翼を懸命に羽ばたかせ、冬の寒い空へと飛翔した。
「ここにいるのは無意味ではない。意味があるからこそここにいる」
おれはその言葉にはっとした。俊冬がおれをみている。その瞳に感じる違和感。いまのその言葉は、おれへ向けられたものだと気がついた。
「縁・・・」
そして、その一語。ほとんど囁き声だったので、おれにしかきこえなかったかもしれない。おれは、衝撃を受けた。
いったい、いったいどういうことなのか、どういう意味なのか・・・。
「われらは捨てられた。そして、いま拾っていただいた。犬は恩を忘れませぬ。そして、主人に忠実。武士は二君をもちませぬ。が、われらは武士でなく犬。恩義のある主人に仕えるのみ。あなたの意や期待に添えるかどうかはわかりませぬが、われらはあなたに全身全霊をもって仕えましょう。そして、あなたとあなたの信じるものすべてを護りましょう」
俊冬は、副長をまっすぐ見据えてそういった。
その右掌の下で、相棒がうれしそうに笑っている。