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二大人斬りとの決着

 これは・・・・。これがもしも自分に向けられたものであったら、おれはマジでぶるっただろう。それどころか、とても立っていられず、降参するかぶっ倒れるだろう。

 永倉や斎藤をみると、さすがのかれらも顔に汗を浮かべていた。そこではじめて、おれもそれが顔に浮かび、背中を流れ落ちていることに気がついた。

 このくそ寒いなかである。暑さによるものでないことはいうまでもない。


 周囲をみると、俊冬は平気なようだ。いや、なんともいえぬ複雑な表情かお、ではあるが。

 そして副長、副長もあっけらかんとみつめている。

 もっとも、副長の場合はこの気を感じていないのか、感じていても屁でもないのかもしれない。


 河上があてられたようだ。わずかに腰がひけた。

「おそれてどうすっとじゃっ!きさんも人斬りと怖れられちょっ剣士じゃろうが」

 その横で、これはさすがだ。中村が一喝した。が、先ほどよりその声音に威勢が感じられない。河上ほどではないにしろ、あてられているのだ。


「わかっとるっ!ごちゃごちゃいうんやなかっ」

 河上は、顔を左右に振った。まるで恐怖心を拭おうというかのように。それから、思いきって低い姿勢のまま右脚を動かしかけた。

 河上とその横に並ぶ中村の間には4、5mの距離がある。そして、その二人と俊春までの距離はその倍はあるだろう。


「・・・!!」

 俊春が河上のすぐまえに移動した。まるで瞬間移動だ。刹那、河上がその場に倒れた。

 いったいなにが・・・。なにもみえなかった。肌や感覚で掴むことすらできなかった。


 中村が動いたのは、河上が地に沈んだのと同時だった。

「きえー!」

 猿叫とともに、とんぼの構えからいっきに間を詰めつつ渾身の一撃が放たれた。

 いや、それはおれが勝手に思い描いたにすぎない。

 

 なぜなら、中村は一撃を放つどころか、右脚が地を蹴ることすらなかったからだ。もちろん、左脚もだ。俊春が先ほどの河上のときとおなじように、その懐を脅かす位置に瞬時に詰め、あらわれたのである。

「・・・!!」

 そして、中村もまた地に沈んだ。「兼定」を頭上へと振り上げた姿勢のまま。

 これもまたなにもみえなかった。


 俊春をみると、かれはその場に片膝ついていた。息をゆっくり吐きだしている。

 まるで、戦いの余韻をじっくり味わっているかのようにみえる。いや、実際のところは残心に違いない。

 なにせなにもみえなかったのだ。なにが起こったのかさっぱりわからない。

 俊春のその行為がなにを意味しているのか、想像をたくましくするしかないではないか。

 

 そのときやっと、三本しか指のない左掌が「村正」の鍔元を握っていることに気がついた。柄頭ではなく鍔元をだ。しかも、よくみると逆手になっている。


 通常、鯉口をきったのち、右掌で鍔の下を握り、そのまま鞘から抜き放つ。それから柄頭を左の小指と薬指でしっかり握り、残る三本の指は添えるように置く。

 あれは、三本しか指のない俊春独特の握り方なのだろうか・・・。


「抜刀術です」

 その声ではっとさせられた。声のするほうをみると、俊冬がおれをみていた。

「抜刀・・・?」

 おれの疑問形は、みなの代弁だ。俊冬は一つ頷いた。

「弟は左掌だけで抜き、納めることができます。河上が動くまでに間を一気に詰め、抜いて斬って納め、ついで中村との間を一気に詰め、抜いて斬って納めた・・・。しかも、逆掌に握り、峰で打っています」

「おいおいおい、そんなこと、いったいどうやったら・・・」

 永倉の動揺は、斎藤のそれでもありおれのでもある。


 左掌だけで抜いて納める。刀身のみじかい脇差でもそれは困難だ。ましてや太刀となると・・・。しかも、相手とほぼ密着している状態だ。ほとんど空間のないなか、懐から懐剣を閃かせるだけでもよほどの巧者でないと鞘の途中で相手の体のどこかにあたり、抜けなくなってしまうだろう。


「活人剣は、相手に斬られない為の極意。無刀取りのような無掌で防ぐこともですが、気で相手のそれを殺ぐこともあります。弟はそれにも長けています。中村がそれに屈しなかったのはさすがです」

 俊冬のさらなる解説に、永倉も斎藤もただ呆然と頷くしかないようだ。


「じつは、わたしもいまだに弟が相手と斬り結んでいるところなどみたことがありませぬ。たいていは、気で戦意を失います。たまに立っていられる者もいますが、その場合は掌で仕留めます。此度は、最強の剣士たちへ、弟が敬意を表したのでしょう」

 レベルの違い?いや、そもそも比較するにもおこがましい。


 この双子の兄弟は、おれが小さかった時分ころに信じ憧れた戦隊ものやアメコミのヒーローのようだ。素直にそう感じた。


「兄のわたしが申すのもなんですが、弟は天才です。当人は気がついていないようですが。否、天才以上でしょう」

「峰打ちだけで殺らなかったと?くそっ俊冬、おめぇの弟をおかしいのかってきいたことは許してくれ」

 副長が文字通り歯軋りしながらいった。


「いかに個人の決闘といえど、殺ればそれなりに影響がでるだろう。それをよーくわかってやがる。まぁそれ以上に、松吉に血をみせたくないってこと、自身も殺傷をしたくないってことがあるんだろうがよ。それを差し引いても、おめぇら兄弟、どんだけ修羅場を潜り抜けてきた?腕はさることながら、状況判断がしっかりできてやがる。できすぎじゃねぇか、ええ?」


 副長の評価の最後のほうは、苦笑にまぎれていた。が、副長がこれだけ讃辞するのはまぁないだろう。

 そして、俊冬はそれをすがすがしい笑みでもって受け止めた。


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