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人を斬ることと剣術

 さまざまな構えによる兇刃の包囲網がじょじょに狭まってゆく。

「土方さんっ」

 永倉が切羽詰ったように叫んだ。すでに左腰の「手柄山」の鯉口は切られている。そして、斎藤の「鬼神丸きじんまる」もまた同様にそれが切られていた。斎藤の「鬼神丸国重きじんまるくにしげ」は、現代の池田市、摂州池田産の業物である。

 斎藤の顔にいつものようなさわやかな笑みなどではなく、凄腕の剣士であり殺し屋としての冷徹な笑みが浮かんでいる。


 そのとき、左右の茂みの向こうに山崎ら別働隊がひょっこりあらわれた。どうやら、敵の伏兵を倒したらしい。こちらにでてくることはなく、その場で待機するようだ。


「じっとしてろ・・・。信じてやれ」

 副長は、その永倉らを諌めた。

 その横で、俊冬が一瞬はっとしたようにをみはったが、すぐに軽く会釈して感謝の念を送った。


 敵が俊春にいっせいに襲い掛かった。連中もそこそこの剣の腕前の持ち主を募っただろう。


 俊春が舞っている。十数本による刀の斬撃を、すべてかわしてゆく。しかも体に触れる紙一重のタイミングで。さらには、背後にいる子どもたちに万が一にもとばっちりがないよう、自分の立ち位置にも気を配っている。

「村正」を抜き放つどころか、体術すら使おうとしない。ただ迫りくるあまたの兇刃を避けるのみである。


「甘いやつめ・・・」俊冬が呟いた。「子どもらに、殺傷をみせたくないのです・・・」

「それにしても見事なもんだ・・・。さきにぶっつぶれるのは、雑魚どもだな・・・」

「ああ、左之のいうとおり。が、まだ「人斬り」どもが残ってる・・・」

 俊冬につづき、原田と永倉がいった。

 永倉は、自分も戦いたくてうずうずしているようだ。ずっと「手柄山」の柄をさすりつづけている。そしてそれは、斎藤も同様だ。

 おれですら熱くなっていた。不謹慎だが、強い敵をみ、純粋に挑みたいと思っている。


そのときだ。河上が虚をついた。しかも、俊春を狙ったわけではない。子どもらの一人に斬りかかったのだ。

 俊春もすでに反応している。が、自分が動けばいま相手にしている男どもにほかの子が狙われるだろう。


「いったいどぎゃんつもりと?」

 河上の叫びで、おれは河上が肥後藩出身だったということをふと思いだした。

 肥後、つまり熊本である。

 くまOンに、あのでかい腹でぶっとばしてもらいたい・・・。


(わっぱ)たちを傷つけっことはおいが許しもはん」

 だれもがその光景を意外に思ったであろう。

 河上のはなった兇刃を、なんと「人斬り半次郎」がかれ自身の愛刀「兼定」で受け止めていたのだ。正確には、鞘から半分くらい抜き、その状態で受けていた。

「馬鹿か、きさんは?邪魔だてするんやなか」

 中性的な相貌から発せられる言葉は、餓えた肉食獣の咆哮のようだ。

 優男なのは、外見だけというわけだ。


 半次郎は、河上が刀をひいたタイミングで刀身を鞘に戻した。

「ないごて戦わんとな?」

 河上の質問は完璧にスルーし、半次郎は俊春に体ごと向き直って尋ねた。

 斜視ぎみのは、ぴたりと俊春を射抜いている。

 だが、俊春はなにも答えない。男たち一人一人の所作を気にしつつ、半次郎の非難ともいうべき視線を受けているだけだ。

「きさん、きいとるんか?」

 スルーされた河上は、右掌に刀を下げ、半次郎に詰め寄った。まぁ、おれでも腹は立つ、たしかに。

 気の毒に、またしてもスルーされた。


 この頃には、ほかの男たちがわれに返り、幾人かは子どもらに、幾人かは俊春の背へ、それぞれじりじりと間合いを詰めはじめていた。

 それを、おれたちはやきもきしながらみている。そう、みているしかないのだ。

「意気地なしなんか?たてば、子どもらをあぶなかめあわせんな戦えんちゅうとな・・・」

「わたしは・・・。そうだな、わたしは意気地なしだ。それが悪いと申すか、「人斬り半次郎?」」

 やっと俊春が反応した、が、その返答は半次郎には気に入ったものではなかったようだ。一つ鼻を鳴らすと、嘲笑を静かな林に響かせた。

「ちがうっ!父上は意気地なしではない。父上は強い剣士です。毎夜、一時いっときよりもながく、ずっと素振りをしているのです」

 抱きとめている市村の腕を振りほどくと、松吉は迫る男たちのまえに飛びだし叫んだ。


「松吉・・・」

 おれの周囲でいくつもの呟きが起こった。かくいうおれも、思わず呟いていた。

 演技で塗り固めた日常を送る父親に、それを信じ、憧れる息子・・・。

 そして、深夜、努力を積み重ねる剣士に、それをこっそりみつめる刀好きの幼子・・・。


「松吉、わたしは・・・。わたしは・・・」

 俊春は、なんと「二大人斬り」に躊躇せずに背を向けた。そして、松吉に向かってゆっくり歩をすすめた。

 白刃を振り翳す男たちは、振り翳した刃をどうしていいのかわからぬかのように、その場にかたまってしまっている。

 その男たちをも意に介さない。俊春には、松吉しかみえていないのだ。

 そして、そのまえまでくると、また両膝を折り、目線をあわせた。

「刀は人間ひとの骨肉を絶つものであれど、剣の道は人間ひと精神こころを繋げるものなり・・・。松吉、これを忘れるでない。わたしは弱い。弱きゆえに、その精神こころを歪めてしまった。松吉、おぬしには刀の道でなく、剣の道を歩んでほしいのだ・・・」

 だれもがその言葉にききいっていた。一語一語が重く、それでいながら心に滲む。

 

 人斬りたちですら、しばし、その言を噛みしめるかのように静かにききいっていた。

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