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銃と刀と開放された子どもたち

 副長を狙っていた二挺のミニエー銃。発射された二発の弾丸たまを、あろうことか俊冬が得物で両断した。いや、切断か?兎に角、その直後、俊春が一方の射手に襲いかかり、もう一人の射手にそれを投げ飛ばした。それから、俊春はお堂のなかにいる子どもらを、二人の見張りを倒して救いだしたのだ。


 ミニエー銃は、一発撃つと火薬、弾丸たまを装填するのに時間がかかる。

 信長は、「長篠の戦い」で三千挺もの鉄砲を三段構えで撃つ戦術をとったといわれている。その信憑性は兎も角、つぎに撃つまでに時間がかかるなら、そういう方法でないと武田の騎馬隊でなくとも斬り込まれるだろう。

 もちろん、その時代よりかは性能アップはしているが、それでも現代のライフルや小銃などと比較すれば精度も使い勝手もかなり落ちることは否めない。


 いずれにしても、俊春は俊敏だ。発射のタイミングで襲い掛かっているのだから。しかも、ゆうに10m以上はある距離の間を詰めて。

 草履を脱いでいたわけもこれで納得だ。


 さらに驚くべきことは、俊冬の剣技だ。いや、これもまた剣技というにはおこがましい。

 かれもまた、自分の腕前を隠していたのだ。いや、告げなかった。

 銃から発射された弾丸たまを斬るなど、これもまた漫画や小説のなかの話だ。有名なところでは、石川五右衛門いしかわごえもんが、ああ、これはおなじ盗賊でも江戸時代のではない、アニメでおなじみの盗賊のほうである。かれは、その名のごとく「斬鉄剣ざんてつけん」を振るい、弾丸たまどころかヘリコプターだって両断してのける。

 

 実際、居合いの達人がBB弾を斬る動画を「YouTube」でみることができる。これは、あくまでも緻密な計算と特訓による賜物だ。

 どこからいつ発射されるかわからない、ほんものの弾丸たまを斬ることができるのだろうか・・・。

 いや、実際にやってのけた剣士がここにいる。そして、それをみることのできた、いいや、厳密にはみえるだけの動体視力をもった剣士もいた。

 永倉と斎藤だ。二人はみえたのだ。

 おれにはみえなかった。情けないかぎりだが・・・。


 敵も味方もなく、全員が俊春を唖然とみつめていた。

 敵は、副長の狙撃に失敗したばかりか、あっという間に人質まで奪い返された。

 気の毒に放心状態になって俊春をみている。


 俊春は、子どもらに気を遣いつつ、かばうようにしながらお堂の外に導いた。 

 だが、その表情かおは険しい。

「息子はどこだ?」

 獰猛な肉食獣の唸り声のごとく、俊春の唇からその問いがしぼりだされた。

 そのときはじめて、おれは新撰組うちの子どもたちのなかに松吉がいないことに気がついた。

 おれの近くから漏れた呻きや舌打ちは、永倉と原田のものだ。


 近くの茂みでくぐもった人声や悲鳴があがった。

 山崎ら別働隊が、伏兵をどうにかしたに違いない。


 そのとき、お堂の裏から人影がゆっくりとあらわれた。

「心配すうな。ここにおいもす」

 薩摩弁。中村半次郎だ。しかも、右の掌には小さな小さな掌が握られている。

 そう、「幕末四大人斬り」の筆頭「人斬り半次郎」が、松吉の掌をひいてあらわれたのである。


 これもまた、いろんな意味で全員を唖然とさせた。


「父上さぁのもとにいってよかどよ」

 中村は、膝を折ってから松吉としっかり目線をあわせた。それから、そう囁くようにいった。

「刀をみせてくれてありがとうございます」

 松吉は、その中村にお礼とともにぺこりと頭を下げた。

「父上っ!」それから、くるりと振り返ると満面の笑みと叫びとともに駆けだした。

 が、俊春の真ん前までくると、その脚がとまった。おずおずとみあげたその小さなに、涙が溜まっているのがわかった。

 その涙は、朝の陽の光を受けてきらきら輝いている。


「申し訳ございません」

 なにゆえかそう謝る松吉のまえで、俊春もまた先ほどの中村とおなじように両膝を折った。

男児おのこはそう簡単に泣くものではない」

 俊春の顔に浮かんだ泣いたような笑み。松吉へと伸ばされた両のかいなのなかへ、松吉は思いっきり飛び込んだ。

 おれは、それをみながら本物の親子以上の強い絆を感じた。


 その感動の一幕を、敵もまた共感してくれているわけではない。

 おれたちと俊春の間で、敵は標的を俊春一人へと定めたようだ。なぜなら、子どもたちを抱えているからである。

 いっせいに抜刀した。この際、おれたちに背を向けることに躊躇はないようだ。おれたちもまた、容易に手をだせないから。

 それをわかっているのだ。


 俊春は、立ち上がると松吉を近くにいた市村に託した。それから、いっきにたかまった殺気から松吉と子どもらをかばうように一歩まえへでた。

 敵は河上をのぞいて十名以上。河上は、成り行きをみ護ろうとでもいうのだろうか。腕組みして佇んでいる。お堂の側にいる中村もおなじで、やはりひっそりと佇んでいる。


 俊春は、なんの気をはっすることもなく、無掌を両脇にたらしたままだ。

 ただ、かれが背後にいる子どもらを気にしていることだけは、なにゆえか感じられた。

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